Title  山家和歌集  Note  底本: 山家和歌集・拾遺愚草・金槐和歌集      塚本哲三編輯 有朋堂書店 大正15年11月23日  Book  卷上  Subtitle  春  0001:0001  立春の朝よみける 年くれぬ春くべしとは思ひねにまさしく見えてかなふ初夢  0002:0002 山のはのかすむけしきにしるきかな今朝よりやさは春の曙  0003:0003           あさとで3 春たつと思ひもあへぬ朝戸出にいつしかかすむ音羽山かな  0004:0004 たちかはる春をしれとも見せがほに年を隔つる霞なりけり  0005:XXXX とけそむるはつ若水のけしきにて春立つことのくまれぬる哉  0006:0005  家々に春を翫ぶといふことを 門ごとにたつる小松にかざされて宿てふやどに春は來にけり  0007:0006  元日子日にて侍りけるに 子日してたてたる松に植ゑそへむ千代重ぬべき年のしるしに  0008:0007  山里に春立つといふことを 山里はかすみわたれるけしきにて空にや春のたつを知るらむ  0009:0008  難波わたりに年越に侍りけるに春立つ心をよみ  ける いつしかも春きにけりと津の國の難波のうらを霞こめたり  0010:0009  春になりけるかたたがへに志賀のさとへまかり  ける人にぐしてまかりけるに逢坂山のかすみた  りけるを見て わきてけふ逢坂山のかすめるはたちおくれたる春や越ゆらむ  0011:XXXX  春きて猶雪 かすめども春をばよその空に見てとけむともなき雪のした水  0012:0010  題しらず 春知れとたにの下水もりぞくる岩間のこほりひま絶えにけり  0013:0011 かすまずばなにをか春とおもはましまだ雪消えぬみ吉野の山  0014:0012  海邊の霞といふことを 藻鹽やくうらのあたりは立ちのかでけぶりあらそふ春霞かな  0015:0013  おなじ心を伊勢の二見といふ所にて 波こすとふたみの松の見えつるは梢にかゝるかすみなりけり  0016:0014  子日                     ふ1 春毎に野べの小松を引く人はいくらの千代を經べきなるらむ  0017:0015 子日する人にかすみはさきだちて小松が原をたなびきにけり  0018:0016 子日しに霞たなびく野べに出でて初うぐひすの聲をきくかな  0019:0017  若菜に初子のあひたりければ人の許へ申しつか  はしける わか菜つむ今日に初子のあひぬれば松にや人の心ひくらむ  0020:0018  雪中若菜 今日はたゞ思ひもよらで歸りなむ雪つむ野邊の若菜なりけり  0021:0019  若菜 春日野は年のうちには雪つみて春はわか菜の生ふるなりけり  0022:0020  雨中若菜 春雨のふる野の若菜生ひぬらしぬれ/\摘まむかたみ手ぬきれ  0023:0021  若菜によせてふるきを思ふといふ亊を 若菜つむ野べの霞ぞあはれなる昔をとほくへだつとおもへば  0024:0022  老人の若菜といへることを 卯杖つき七草にこそ出でにけれ年をかさねて摘めるわか菜は  0025:0023  寄若菜述懷といふことを 若菜生ふる春の野守にわれなりてうき世を人につみ知らせばや  0026:0024  鶯によせて思を述べけるに うき身にて聞くもをしきはうぐひすの霞にむせぶあけぼのの聲  0027:0025  閑中鶯といふことを うぐひすの聲ぞかすみにもれて來る人目ともしきはるの山里  0028:0026  雨中鶯 鶯のはるさめ%\と鳴きゐたる竹のしづくやなみだなるらむ  0029:0027  住みける谷に鶯の聲せずなりにければ ふる巣うとく谷の鶯なりはてば我やかはりてなかむとすらむ  0030:0028 鶯は谷のふるすをいでぬともわがゆくへをばわすれざらなむ  0031:0029 鶯はわれをすもりにたのみてや谷のほかへはいでてゆくらむ  0032:0030 春のほどはわが住む庵の友になりてふる巣ないでそたにの鶯  0033:0031  きゞすを もえ出づる若菜あさると聞ゆなり雉子なく野の春のあけぼの  0034:0032 生ひかはる春の若くさまちわびて原のかれ野に雉子鳴くなり  0035:0034 片岡に芝うつりして鳴くきゞす立つ羽音してたかゝらぬかは  0036:0033 春霞いづ地立ち出でてゆきにけむ雉子住む野をやきてけるかな  0037:XXXX  梅を 香にぞまづ心しめおく梅の花いろはあだにも散りぬべければ  0038:0035  山里の梅といふ亊を 香をとめむ人をこそ待て山里の垣ねの梅の散らぬかぎりは  0039:0036 心せむしづが垣ほの梅はあやなよしなく過ぐる人とゞめけり  0040:0037 この春は賤が垣ほにふれわびて梅が香とめむ人したしまむ  0041:0038  嵯峨に住みけるに道をへだてゝ坊の侍りけるよ  り梅の風にちりけるを ぬしいかに風わたるとていとふらむよそにうれしき梅の匂を  0042:0039  庵の前なりける梅を見てよめる 梅が香を山ふところに吹きためていり來む人にしめよ春かぜ  0043:0040  伊勢のにしふく山と申す所に侍りけるに庵の梅  かぐはしく匂ひけるを   いほ1 柴の庵による/\梅の匂ひ來てやさしき方もあるすまひかな  0044:0041  梅に鶯の鳴きけるを 梅が香にたぐへて開けば鶯のこゑなつかしきはるのやまざと  0045:0042 つくり置きし梅のふすまに鶯は身にしむ梅の香やうつすらむ  0046:0043  旅のとまりの梅 ひとりぬる草の枕のうつり香はかきねの梅のにほひなりけり  0047:0044  ふるき砌の梅 何となく軒なつかしき梅ゆゑに住みけむ人のこゝろをぞ知る  0048:0045  山里の春雨といふ亊を大原にて人々よみけるに 春雨ののきたれこむるつれ%\に人に知られぬ人のすみかか  0049:0046  霞中歸雁といふことを なにとなくおぼつかなきは天のはら霞に消えてかへる雁がね  0050:0047 かりがねはかへるみちにやまどふらむこしの中山霞へだてゝ  0051:0048  歸雁 玉づさのはしがきかとも見ゆるかなとびおくれつゝ歸る雁がね  0052:0049  山家呼子鳥 山里に誰をまたこはよぶこ鳥ひとりのみこそすまむと思ふに  0053:0050  苗代 苗代のみづを霞はたなびきてうちひのうへにかくるなりけり  0054:0051  霞に月のくもれるを見て 雲なくておぼろなりとも見ゆるかな霞かゝれるはるの夜の月  0055:0052  山里の柳 山がつのかたをかかけてしむる庵のさかひにたてる玉の小柳  0056:0054  柳風にみだる 見わたせばさほの川原にくりかけて風によらるゝ青柳のいと  0057:0053  雨中柳 なか/\に風のおすにぞみだれける雨にぬれたる青柳のいと  0058:0055  水邊柳 みなそこにふかきみどりの色見えてかぜになみよる川柳かな  0059:0056  待花忘他といふ亊を 待つにより散らぬこゝろを山櫻さきなば花のおもひ知らなむ  0060:0057  ひとり1  獨山の花を尋ぬといふ亊を たれかまた花をたづねて吉野山こけふみわくる岩つたふらむ  0061:0058  花を待つ心を 今更に春を忘るゝ花もあらじやすく待ちつゝ今日もくらさむ  0062:0059 おぼつかないづれの山の嶺よりか待たるゝ花の咲きはじむらむ  0063:0060  花の歌あまた詠みけるに 野イ              雪イ 空に出でていづくともなく尋ぬれば雲とは花の見ゆるなりけり  0064:0061 雪とぢし谷のふる巣を思ひ出でて花にむつるゝうぐひすの聲  0065:0062 吉野山雲をはかりに尋ね入りてこゝろにかけし花を見るかな  0066:0063 おもひやるこゝろや花にゆかざらむ霞こめたるみよし野の山  0067:0064 おしなべて花の盛になりにけり山の端ごとにかゝるしらくも  0068:0065 まがふ色に花咲きぬれば吉野山春は晴れせぬ嶺のしら雲  0069:0066 吉野山こずゑのはなを見し日より心は身にもそはずなりにき  0070:0067 あくがるゝ心はさてもやまざくら散りなむ後や身に歸るべき  0071:0068 花見ればそのいはれとは無けれども心のうちぞ苦しかりける  0072:0069 白川のこずゑを見てぞなぐさむる吉野の山にかよふこゝろを  0073:0071 引きかへて花見る春は夜はなく月見る秋はひるなからなむ  0074:0072 花ちらで月はくもらぬ世なりせば物を思はぬわが身ならまし  0075:0073 たぐひなき花をし枝に咲かすれば櫻にならぬ木ぞなかりける  0076:0074 身を分けて見ぬ梢なくつくさばやよろづの山の花のさかりを  0077:0075 櫻さく四方の山邊をかぬるまにのどかに花を見ぬこゝちする  0078:0076 花にそむ心はいかで殘りけむすて果てゝきと思ふわが身に  0079:0070 白川の春のこずゑのうぐひすは花のことばをきくこゝちする  0080:0077 ねがはくば花の下にて春死なむそのきさらぎのもち月のころ  0081:0078 ほとけ1 佛にはさくらの花をたてまつれわがのちの世を人とぶらはゞ  0082:0079 何とかや世にありがたき名をえたる花よ櫻にまさりしもせじ  0083:0080            【着】 山ざくら霞のころもあつく著てこのはるだにも風つゝまなむ  0084:0081 思ひやる高嶺の雲の花ならば散らぬ七日は晴れじとぞ思ふ  0085:0082 のどかなる心をさへに過しつゝ花ゆゑにこそはるを待ちしか  0086:0083 かざこしの嶺のつゞきに咲く花はいつ盛ともなくや散るらむ  0087:0084 ならひありて風さそふとも山櫻たづぬる我を待ちつけて散れ  0088:0085 すそ野やくけぶりぞ春は吉野山花をへだつるかすみなりける  0089:0086 今よりは花見む人につたへおかむ世を遁れつゝ山に住まむと  0090:0087  閑ならむと思ひける頃花見に人々のまうで來け  れば                     とが1 花見にとむれつゝ人の來るのみぞあたら櫻の咎には有りける  0091:0088                      のどか2 花もちり人も來ざらむをりはまた山のかひにて長閑なるべし  0092:0089  かき絶えこととはずなりにける人の花見に山里  へ詣で來たりと聞きて詠みける 年をへておなじ梢とにほへども花こそひとにあかれざりけれ  0093:0090  花の下にて月を見て詠みける        もと1 雲にまがふ花の下にてながむれば朧に月は見ゆるなりけり  0094:0091  春のあけぼの花見けるに鶯の鳴きければ 花の色やこゑにそむらむ鶯のなく音ことなるはるのあけぼの  0095:0092  春は花を友といふ亊をせか院のさい院にて人々  詠みけるに おのづから花なき年の春もあらば何につけてか日をくらさまし  0096:0093  老見花といふことを おいづと2 老苞に何をかせましこの春の花まちつけぬ我身なりせば  0097:0094  おいき2  老木の櫻のところ%\に咲きたるを見て                  いくたび2 わきて見む老木は花もあはれなりいま幾度か春にあふべき  0098:0095  屏風の繪を人々よみけるに春の宮人むれて花見  ける所によそなる人の見やりてたてけるを こ1 木のもとは見る人しげし櫻花よそにながめて我はをしまむ  0099:0096  山寺の花さかりなりけるに昔を思ひ出でて       ぢ1 よし野山ほき路づたひに尋ね入りて花見し春は一むかしかも  0100:0097  修行し侍るに花おもしろかりける所にて                 こ1もと1 ながむるに花の名だての身ならずば木の下にてや春をくらさむ  0101:0098  熊野へまゐりけるにやがみの王子の花おもしろ  かりければ社にかきつけける 待ち來つるやがみの櫻咲きにけり荒くおろすなみすの山かぜ  0102:0099  せか院の花盛なりける頃としたゞがいひ送りけ  る おのづから來る人あらばもろともにながめまほしき山櫻かな  0103:0100  かへし      かず1 ながむてふ數に入るべき身なりせば君が宿にて春はへなまし  0104:0101  上西門院女房法勝寺の花見られけるに雨のふり  て暮れにければ歸られにけり又の日兵衞の局の  もとへ花の御幸思ひ出でさせ給ふらんと覺えて  かくなむ申さまほしかりしとてつかはしける 見る人に花も昔をおもひ出でてこひしかるべき雨にしをるゝ  0105:0102  かへし いにしへを忍ぶる雨とたれか見む花もそのよの友しなければ  若き人々ばかりなむ老いにける身は風の煩しさ  にいとはるゝ亊にてと有りけるなむやさしくき  こえける  0106:0103           もと1  雨のふりけるに花の下に車を立てゝながめける  人に ぬるともと蔭を頼みて思ひけむ人の跡ふむ今日にもあるかな  0107:0104  世をのがれて東山に侍る頃白川の花盛に人さそ  ひければまかり歸りけるに昔思ひ出でて ちるを見て歸るこゝろや櫻花むかしにかはるしるしなるらむ  0108:0105  山路落花 ちり初むる花の初雪ふりぬればふみわけまうき志賀の山ごえ  0109:0106  落花の歌あまた詠みけるに ちよく1   みかど2 勅とかやくだす御門のいませかしさらば恐れて花やちらぬと  0110:0107 浪もなく風ををさめし白川のきみのをりもやはなは散りけむ  0111:0108 いかでわれこの世の外の思ひ出に風をいとはで花をながめむ  0112:0109 年をへてまちもをらむと山櫻こゝろを春はつくすなりけり  0113:0110 よし野山たにへたなびく白雲はみねの櫻のちるにやあるらむ  0114:0112 山おろしの木のもと埋む花の雪は岩井にうくも氷とぞ見る  0115:0113 春風の花のふゞきにうづもれて行きもやられぬ志賀のやま道  0116:0114 立ちまがふ嶺の雲をば拂ふとも花をちらさぬあらしなりせば  0117:0115 よし野山花ふきぐして峯こゆるあらしは雲とよそに見ゆらむ  0118:0116 惜まれぬ身だにも世にはあるものをあなあやにくの花の心や  0119:0117      とど1 うき世には留めおかじと春風の散らすは花ををしむなりけり  0120:0118 諸共に我をもぐしてちりね花うき世をいとふこゝろある身ぞ  0121:0119           こ1もと1 思へたゞ花のなからむ木の下に何をかげにて我が身住みなむ  0122:0120 ながむとて花にもいたく馴れぬれば散る別こそ悲しかりけれ  0123:0121 をしめばと思ひげもなくあだにちる花は心ぞかしこかりける  0124:0122 こずゑふく風の心はいかゞせむしたがふ花のうらめしきかな  0125:0123                        なさけ1 いかでかはちらであれとも思ふべきしばしとしたふ情しれ花  0126:0124 木のもとの花に今宵はうづもれてあかぬ梢をおもひあかさむ  0127:0125 木のもとに旅ねをすれば吉野山花のふすまをきするはるかぜ  0128:0126 雪と見てかげに櫻のみだるれば花のかさきる春の夜のつき  0129:0127 ちる花ををしむ心やとゞまりてまた來む春のたれになるべき  0130:0128 春ふかみ枝もうごかで散る花は風のとがにはあらぬなるべし  0131:0129 あながちに庭をさへ吹く嵐かなさこそこゝろに花をまかせめ  0132:0130 あだに散るさこそ梢の花ならめすこしはのこせ春のやま風  0133:0131 心得つたゞひとすぢに今よりは花ををしまで風をいとはむ  0134:0132 よし野山櫻にまがふ白雲のちりなむのちは晴れずもあらなむ  0135:0133 花と見ばさすが情をかけましを雲とてかぜのはらふなるべし  0136:0134 風さそふ花のゆくへは知らねどもをしむ心は身にとまりけり  0137:0135 花ざかり梢をさそふ風ならでのどかに散らむ春はあらばや  0138:0136  庭の花波に似たりといふ亊を詠みけるに 風あらみこずゑの花のながれ來て庭になみたつ白川のさと  0139:0137  白川の花庭面白かりけるを見て あだに散る梢の花をながむればにはには消えぬ雪ぞつもれる  0140:0138  高野に籠りたりける頃草の庵に花のちりつみけ  れば     いほり1 散る花の庵のうへをふくならば風いるまじくめぐりかこはむ  0141:0139  夢中落花といふことを前齋院にて人々よみける  に 春風の花をちらすと見る夢はさめてもむねのさわぐなりけり  0142:0140  風の前の落花といふ亊を 山櫻枝きるかぜのなごりなく花をさながらわがものにする  0143:0141  雨中落花 梢うつ雨にしをれて散る花のをしきこゝろをなににたとへむ  0144:0142  遠山殘花 よし野山一むら見ゆる白雲は咲きおくれたるさくらなるべし  0145:0143  花の歌十五首よみけるに 吉野山人にこゝろをつけがほに花よりさきにかゝるしらくも  0146:0144 山さむみ花咲くべくもなかりけりあまりかねても尋ね來にけり  0147:0145 かたばかりつぼむと花を思ふよりそらまた心ものになるらむ  0148:0146 おぼつかな谷は櫻のいかならむみねにはいまだかけぬしら雲  0149:0147 花と聞くは誰もさこそはうれしけれ思ひしづめぬ我が心かな  0150:0148 初花のひらけはじむる梢よりそばえて風のわたるなるかな  0151:0149 おぼつかな春の心の花にのみいづれのとしかうかれそめけむ  0152:0150   ことし2 いざ今年ちれと櫻をかたらはむなか/\さらば風やをしむと  0153:0151                       あおやぎ2 風ふくとえだをはなれて落つまじく花とぢつけよ青柳のいと  0154:0152 吹く風のなべて梢にあたるかなかばかり人のをしむさくらを  0155:0153 なにとかくあだなる花の色をしも心にふかくそめはじめけむ  0156:0154      めずら1 おなじ身の珍しからず惜めばや花もかはらず咲けば散るらむ  0157:0155 嶺にちる花はたになる木にぞ咲くいたくいとはじ春の山かぜ  0158:0156 山おろしに亂れて花のちりけるを岩はなれたる瀧と見たれば  0159:0157 花もちりひとも都にかへりなば山さびしくもならむとすらむ  0160:0158  散りて後花を思ふといふ亊を 青葉さへ見れば心のとまるかな散りにし花のなごりと思へば  0161:0159  菫              おも1 跡たえてあさぢしげれる庭の面にたれ分けいりて菫摘みけむ  0162:0160 たれならむあら田のくろに菫つむひとは心のわりなかりけり  0163:0161  さわらび             さわらび2 なほざりに燒き捨てし野の早蕨は折る人なくてほどろとやなる  0164:0162  かきつばた 沼水に茂る眞菰のわかれぬを咲きへだてたるかきつばたかな  0165:0163  山路のつゝじ                         どころ1 はひつたひ折らで躑躅を手にぞとるさかしき山のとり所には  0166:0164  つゝじ山のひかりたりといふことを つゝじ2 躑躅さく山の岩陰ゆふばえてをぐらはよその名のみなりけり  0167:0165  やまぶき 岸ちかみうゑけむ人ぞうらめしき波にをらるゝやまぶきの花  0168:0166 山吹の花さく里になりぬればこゝにも井手とおもほゆるかな  0169:0167  蛙 ますげ2 眞菅生ふる山田に水をまかすればうれしがほにも啼く蛙かな  0170:0168 みさびゐて月もやどらぬにごり江に我すまむとて蛙なくなり  0171:0169  春のうちに郭公をきくといふ亊を うれしともおもひぞわかぬ郭公春きくことのならひなければ  0172:0170  伊勢にまかりたりけるにみつと申す所にて海邊            かんぬし2  の春の暮といふことを神主ども詠みけるに 過ぐる春潮のみつより舟出して波の花をやさきにたつらむ  0173:0171  三月一日たらで暮れけるに詠みける 春故にせめても物を思へとやみそかにだにもたらで暮れぬる  0174:0172     つごもり2  三月の晦日に 今日のみとおもへば長き春の日も程なく暮るゝ心地こそすれ  0175:0173 行く春をとゞめかねぬる夕暮はあけぼのよりも哀れなりけり  Subtitle  夏  0176:0174       ころも1 かぎりあれば衣ばかりをぬぎかへて心は花をしたふなりけり  0177:0175  夏の歌よみけるに 草しげり道かりあけて山里にはな見し人のこゝろをぞ見る  0178:0176  水邊卯花       まがき1 たつた川岸の籬を見わたせばゐぜきのなみにまがふ卯のはな  0179:XXXX 山川の波にまがへる卯の花をたちかへりてや人は折るらむ  0180:0177  夜卯花                       ぬの1 まがふべき月なきころの卯の花はよるさへさらす布かとぞ見る  0181:0178  社頭卯花 かみがき2     たより1ゆふ2 神垣のあたりに咲くも便あれや木綿かけたりと見ゆる卯の花  0182:0179  無言なりける頃郭公の初聲を聞きて 時鳥ひとにかたらぬをりにしも初音きくこそかひなかりけれ  0183:0180  たずねずしてほととぎすをきく5            かものやしろ3  不尋聞子規といふ亊を賀茂社にて人々よみけ  るに   うづき2             きな2 時鳥卯月のいみにゐこもるを思ひ知りても來鳴くなるかな  0184:0181  夕暮郭公といふことを さとなるゝたそがれ時の郭公きかずがほにもまた名のらせむ  0185:0182  郭公 我が宿に花たちばなを植ゑてこそ山ほとゝぎす待つべかりけれ  0186:0183 尋ぬれば聞きがたきかと時鳥こよひばかりは待ちこゝろみむ  0187:0184 時鳥まつこゝろのみつくさせて聲をばをしむさつきなりけり  0188:0185  人にかはりて 待つ人のこゝろを知らば郭公たのもしくてや夜をあかさまし  0189:0186  時鳥を待ちて明けぬといふ亊を                     ね1 郭公なかで明けぬとつげがほにまたれぬ鳥の音ぞきこゆなる  0190:0187 郭公きかであけぬる夏の夜のうらしまの子はまことなりけり  0191:0189  時鳥の歌五首よみけるに                       ぢ1 郭公きかぬものゆゑまよはまし花をたづぬるやま路なりせば  0192:0189      はつね2 待つことは初音までかと思ひしにきゝふるされぬ時鳥かな  0193:0190 きゝおくるこゝろをぐして郭公たかまのやまの嶺こえぬなり  0194:0191 大井川をぐらの山のほとゝぎすゐぜきに聲のとまらましかば  0195:0192          やまぢ2 郭公そののち越えむ山路にもかたらぬこゑはかはらざらなむ  0196:XXXX  時鳥を 郭公きく折にこそなつ山のあを葉は花におとらざりけれ  0197:0193 時鳥おもひもわかぬひとこゑを聞きつといかゞ人にかたらむ  0198:0194 時鳥いかばかりなるちぎりにて心つくさで人のきくらむ  0199:0195 かたらひしその夜の聲は時鳥いかなるよにもわすれむものか  0200:0196 時鳥はなたちばなはにほふとも身をうの花のかきねわするな  0201:0197  雨の中に郭公を待つといふことを詠みけるに 時鳥しのぶ卯月もすぎにしをなほ聲をしむさみだれのそら  0202:0198  雨中郭公 さみだれのはれまも見えぬくもぢより山郭公なきて過ぐなり  0203:0199  山寺の郭公といふことを人々よみけるに 郭公きゝにとてしもこもらねど初瀬のやまはたよりありけり  0204:0200  さつき2     つごもり2  五月の晦日に山里にまかりて立ち歸りにけるを  時鳥もすげなく聞き捨てゝ歸りし亊など人の申       かへりごと2  し遣しける返亊に 郭公なごりあらせて歸りしが聞すつるにもなりにけるかな  0205:0201  題しらず                あやめ2  さつき2 空晴れてぬまのみかさを落さずば菖蒲もふかぬ五月なるべし  0206:204                 かへりごと2  さることありて人の申し遣しける返亊に五日                      あやめ2 折に生ひて人に我が身や引かれまし筑摩の沼の菖蒲なりせば  0207:0202  高野に中院と申す所に菖蒲ふきたる坊の侍りけ  るに櫻の散りけるがめづらしくおぼえて詠みけ  る 櫻ちる宿にかさなるあやめをば花あやめとやいふべかるらむ  0208:0203        あやめ2    くすだま2 ちる花を今日の菖蒲のねにかけて藥玉ともやいふべかるらむ  0209:0205                     さうぶ2  五月五日山寺へ人の今日いる物なればとて菖蒲  をつかはしける返亊に 西にのみ心ぞかゝるあやめ草この世ばかりのやどとおもへば  0210:0206 みな人の心のうきはあやめ草にしにおもひのひかぬなりけり  0211:XXXX 五月雨ののきのしづくに玉かけてやどをかざれる菖蒲草かな  0212:0207  五月雨        まこも2 水たゝふ入江の眞菰かりかねてむなでにすつる五月雨のころ  0213:0208 五月雨に水まさるらし字治橋やくもでにかゝるなみのしら絲  0214:0210      ふるさと2 こざさしく古里小野の道のあとをまた澤になすさみだれの頃  0215:0211 つく%\と軒の雫をながめつゝ日をのみくらす五月雨のころ  0216:0209                        ぢ1 五月雨は岩せくぬまの水ふかみわけし岩間のかよひ路もなし  0217:0212 あづまや2 東屋のをがやが軒のいと水に玉ぬきかくるさみだれのころ  0218:0213                    うきひじ2 五月雨に小田のさなへやいかならむあぜの泥土洗ひこされて  0219:0214            あらをだ3 五月雨のころにしなれば荒小田に人にまかせぬ水たゝひけり  0220:0215  ある所にて五月雨の歌十五首よみ侍りし人にか  はりて                        あま2 五月雨にほすひまもなくもしほ草煙もたてぬうらの海士びと  0221:XXXX                      みを1 五月雨はいさゝ小川の橋もなしいづくともなく澪に流れて  0222:0216 みなせがは4 水無瀬川をちのかよひぢ水みちて舟わたりするさみだれの頃  0223:0217              みかさ2 ひろ瀬川渡の沖のみをつくし水嵩そふらしさみだれのころ  0224:0218 早瀬川つなでの岸を沖に見てのぼりわづらふさみだれのころ  0225:0219 水分くる難波堀江のなかりせばいかにかせましさみだれの頃  0226:0220 舟とめしみなとの芦間さをたえて心行きみむさみだれのころ  0227:0221 みなしこ2 水底にしかれにけりなさみだれて水の眞菰を刈りに來たれば  0228:0222 五月雨のをやむ晴れまのなからめや水のかさほせ眞菰かり舟  0229:0223 五月雨にさのの舟橋うきぬれば乘りてぞ人はさしわたるらむ  0230:0224        ひかず2         みがく2 五月雨の晴れぬ日數のふるまゝに沼の眞菰は水隱れにけり  0231:0225            かつまた3 水なしときゝてふりにし勝間田の池あらたむる五月雨のころ  0232:0226 五月雨は行くべき道のあてもなしをざさが原もうきぎ流れて  0233:0227 五月雨はやまだのあぜの瀧枕かずをかさねて落つるなりけり  0234:0228            ながれぎ2 河わだのよどみにとまる流木のうきはしわたす五月雨のころ  0235:0229 思はずもあなづりにくき小川かな五月のあめに水まさりつゝ  0236:0230  隣の泉 風をのみ花なき宿はまち/\ていづみの末をまたむすぶかな  0237:0231  水邊納涼とい【ふ】亊を北白川にて詠みける 水の音に暑さ忘るゝまとゐかなこずゑの蝉のこゑもまぎれて  0238:0232  深山水鷄 そまびと2                くひな2 杣人の暮にやどかるこゝちしていほりをたゝく水鷄なりけり  0239:0233  題しらず 夏山のゆふした風のすゞしさに楢の木かげのたゝまうきかな  0240:0234  撫子                 あさぢ2  なでしこ2 かき分けて折れば露こそこぼれけれ淺茅にまじる撫子のはな  0241:0235  雨中撫子といふことを     その1 露おもみ園の撫子いかならむあらく見えつるゆふだちのそら  0242:0236  夏野の草をよみける        をすゝき2 みまくさに原の小薄しがふとてふしどあせぬと鹿おもふらむ  0243:0237  旅行草深といふ亊を たびびと2                をがさ2 旅人のわくる夏野のくさしげみ葉ずゑにすげの小笠はづれて  0244:0238  行路夏といふことを 雲雀あがる大野の茅原夏來ればすゞむ木蔭をねがひてぞ行く  0245:0239  ともし ともし2ほぐし2             あか1 照射する火串の松もかへなくにしかめあはせで明す夏の夜  0246:0240  題しらず 夏の夜はしのの小竹のふし近みそよや程なく明くるなりけり  0247:0241                         ふせや2 夏の夜の月見ることやなかるらむ蚊遣火たつるしづが伏屋は  0248:0242  海邊夏月 露のぼる芦のわか葉に月さえてあきをあらそふ難波江のうら  0249:0243  泉にむかひて月を見るといふ亊を むすびあぐる泉にすめる月かげは手にもとられぬ鏡なりけり  0250:0244                しみず2 むすぶ手に涼しき影を添ふるかな清水にやどるなつの夜の月  0251:0245  夏の月の歌よみけるに 夏の夜も小笹が原にしもぞおく月のひかりのさえしわたれば  0252:0246 山河のいはにせかれてちる波をあられとぞ見る夏の夜のつき  0253:0247  池上夏月といふことを 影さえて月しもことにすみぬれば夏の池にもつらゝゐにけり  0254:0248  蓮池に滿てりといふ亊を                   はちす1 おのづから月やどるべきひまもなく池に蓮のはな咲きにけり  0255:0249  雨中夏月                      は【す】1 夕立のはるればつきぞやどりける玉ゆりすうる蓮のうき葉に  0256:0250  涼風如秋                           さと1 まだきより身にしむ風のけしきかな秋さきだつるみ山べの里  0257:0251  松風如秋といふ亊を北白川なる所にて人々よみしに又水聲秋ありといふ亊をかさねけるに まつ風の音のみなにかいはばしる水にも秋はありけるものを  0258:0252  山家待秋といふことを    そとも 山里は外面のまくず葉をしげみうら吹きかへす秋を待つかな  0259:0253  六月祓 みそぎ2 御祓してぬさとりながす川の瀬にやがて秋めく風ぞすゞしき  Subtitle  秋  0260:0254  山里のはじめの秋といふ亊を さま%\のあはれをこめて梢ふくかぜに秋知るみやまべの里  0261:0255  さんきよ2  山居のはじめの秋といふ亊を 秋たつと人はつげねど知られけりみ山のすその風のけしきに  0262:0256  ときは2  常磐の里にて初秋月といふ亊をよみけるに 秋たつとおもふに空もたゞならでわれて光をわけむ三日月  0263:0257      なるを2  初秋の頃鳴尾と申す所にて松風の音を聞きて 常よりも秋になるをの松風はわきて身にしむこゝちこそすれ  0264:0258  七夕         をぐさ2 いそぎ起きて庭の小草の露ふまむやさしきかずに人や思ふと  0265:0259             たなばた2 暮れぬめり今日待ちつけて棚機は嬉しきにもや露こぼるらむ  0266:0260 あまのがは2 天河けふの七日はながきよのためしにもひくいみもしつべし  0267:0261 舟よする天の川べのゆふぐれはすゞしき風やふきわたるらむ  0268:0262 待ちつけてうれしかるらむ棚機の心のうちぞそらに知らるゝ  0269:0263  蜘のいかきたるを見て さゝがにのくもでにかけて引く絲や今日棚機にかさゝぎの橋  0270:0264  さうくわ2  草花道を遮るといふ亊を 夕露をはらへばそでに玉消えて道わけかぬる小野の萩はら  0271:0265  野徑秋風 末葉ふく風は野もせにわたるともあらくはわけじ萩のした露  0272:0266  草花時を得たりといふことを 絲すゝきぬはれてしかのふす野べにほころびやすき藤袴かな  0273:0267  行路草花 折らで行くそでにも露ぞこぼれける萩の葉しげき野邊の細道  0274:0268  露中草花              すゝき1 ほに出づるみ山がすそのむら薄まがきにこめてかこふ秋ぎり  0275:0269  終日野の花を見るといふことを みだれさく野べの萩原わけくれて露にも袖を染めてけるかな  0276:0270  萩野に滿てり 咲きそはむ所の野べにあらばやは萩よりほかの花も見るべく  0277:0271  萩野の家にみてりといふことを                    さかり1 分けて出づる庭しもやがて野べなれば萩の盛を我が物に見る  0278:0272  野萩似錦といふことを             からにしき2 けふぞ知るその江にあらふ唐錦萩さく野べにありけるものを  0279:0273  草花を詠みける           をはなイ しげりゆくしばの下草おはれ出でて招くや誰を慕ふなるらむ  0280:0274  薄道にあたりてしげしといふことを 花薄こゝろあてにぞわけて行くほの見し道にあとしなければ  0281:0275  古籬苅萱 かき1 籬あれて薄ならねどかるかやも繁き野べとは成りけるものを  0282:0276  女郎花 女郎花わけつる袖とおもはばやおなじ露にもぬると知れゝば  0283:0277                たもと1 女郎花いろめく野べにふれはらふ袂に露やこぼれかゝると  0284:0278  草花露重 けさ2 今朝見れば露のすがるに折れふして起きもあがらぬ女郎花かな  0285:0279 おほかた2 大方の野邊の露には萎るれどわがなみだなきをみなへしかな  0286:0280  女郎花帶露といふことを 花の枝に露の白玉ぬきかけて折るそで濡らすをみなへしかな  0287:0281 折らぬより袖ぞぬれける女郎花露むすぼれてたてるけしきに  0288:0282  水邊女郎花といふことを 池の面にかげをさやかにうつしもて水鏡見るをみなへしかな  0289:0283 たぐひなき花のすがたを女郎花池のかゞみにうつしてぞ見る  0290:0284  女郎花水に近しといふことを 女郎花池のさ波にえだひぢてものおもふ袖のぬるゝがほなる  0291:0285  荻                をぎ1 おもふにもすぎて哀にきこゆるは荻の葉みだる秋のゆふかぜ  0292:0286  題しらず おしなべて木草の末の原までもなびきて秋のあはれ見えける  0293:0287  荻の風露を拂ふ をじかふす荻さへ野べの夕露をしばしもためぬ荻のうはかぜ  0294:0288  隣の夕の荻の風 あたりまで哀しれともいひがほに荻のおとする秋のゆふかぜ  0295:0289  秋の歌よみける中に 吹きわたる風も哀をひとしめていづこもすごき秋のゆふぐれ  0296:0290 おぼつかな秋はいかなる故のあればすゞろに物の悲しかるらむ  0297:0291 何ごとをいかに思ふとなけれどもたもとかわかぬ秋の夕ぐれ  0298:0292                とばた3おも1 何となくもの悲しくぞ見えわたる鳥羽田の面のあきの夕ぐれ  0299:0293  野の家の秋の夜            いはれの3                いく1 ねざめつゝ長き夜かなと磐余野に幾秋までも我が身へぬらむ  0300:0294  秋の歌に露をよむとて おほかたの露には何のなるならむ袂におくはなみだなりけり  0301:0295  山里に人々まかりて秋の歌よみけるに    そとも2 山里の外面のをかのたかき木にそゞろがましき秋のせみかな  0302:0296  人々秋の歌十首よみけるに 玉にぬく露はこぼれて武藏野のくさの葉むすぶあきのはつ風  0303:0297         をすゝき2 穗に出でてしのの小薄まねく野にたはれてたてる女郎花かな  0304:0298 花をこそ野べの物とは見に來つれ暮るれば蟲の音をも聞きけり  0305:0299 荻の葉をふき過ぎて行く風のおとに心みだるゝ秋のゆふぐれ  0306:0300 晴れやらぬみ山の霧のたえ%\にほのかに鹿の聲きこゆなり  0307:0301 かねてより梢のいろを思ふかなしぐれはじむるみやまべの里  0308:0302   ね1 鹿の音を垣根にこめて聞くのみか月もすみけりあきの山ざと  0309:0303 庵もる月の影こそさびしけれ山田のひたのおとばかりして  0310:0304        をぐさ2 わづかなる庭の小草のしらつゆをもとめてやどる秋の夜の月  0311:0305 何とかく心をさへはつくすらむわがなげきにて暮るゝ秋かな  0312:0306  月                       ゆふづきよ3 秋の夜のそらにいづてふ名のみして影ほのかなる夕月夜かな  0313:0307           くもぢ2 あまの原月たけのぼる雲路をばわけても風のふきはらはなむ  0314:0308 うれしとや待つ人ごとに思ふらむ山の端いづる秋の夜のつき  0315:0309 なか/\に心つくすもくるしきにくもらばいりね秋の夜の月  0316:0310 いかばかり嬉しからまし秋の夜の月すむそらに雲なかりせば  0317:0311 はりま潟なだのみ沖にこぎ出でてあたり思はぬ月をながめむ  0318:XXXX 月すみてなぎたる海のおもてかな雲の波さへ立ちもかゝらで  0319:0312 いざよはで出づるは月の嬉しくて入る山の端はつらきなりけり  0320:0313   おも1 水の面にやどる月さへいりぬるは波のそこにも山やあるらむ  0321:0314 したはるゝ心や行くと山の端にしばしな入りそ秋の夜のつき  0322:0315 明くるまで宵より空に雲なくてまだこそかゝる月見ざりけれ  0323:0316 あさぢ原葉ずゑのつゆの玉ごとにひかりつらぬく秋の夜の月  0324:0317 秋の夜の月を雪かとながむれば露もあられのこゝちこそすれ  0325:0318  しづか1  閑に月を待つといふことを 月ならでさし入るかげもなきまゝに暮るゝうれしき秋の山里  0326:0319  海邊月                  たかね2 清見潟月すむよはのうきくもは不二の高嶺のけぶりなりけり  0327:0320  池上月といふことを みさびゐぬ池の面のきよければやどれる月もめやすかりけり  0328:0321  同じ心を遍照寺にて人々よみけるに                    こイ やどしもつ月の光のおほさははいかにいづともひろさはの池  0329:0322                     み1 池にすむ月にかゝれる浮雲ははらひのこせる水さびなりけり  0330:0323  月池の水に似たりといふことを            かつまた2 水なくてこほりぞしたる勝間田のいけあらたむる秋の夜の月  0331:0324  名所の月といふことを 清見がたおきの岩こすしら波にひかりをかはす秋の夜のつき  0332:0325                あかし2 なべてなき所の名をやをしむらむ明石は分きて月のさやけき  0333:0326  海邊明月 難波潟月のひかりにうらさえて波のおもてにこほりをぞしく  0334:0327  月前に遠く望むといふ亊を くまもなき月の光にさそはれていく雲井まで行くこゝろぞも  0335:0328  終夜月を見る 誰來なむ月の光にさそはれてと思ふに夜はの明けにけるかな  0336:0329  八月十五夜 山の端を出づる宵よりしるきかなこよひ知らする秋の夜の月  0337:0330                   なかば1 かぞへねどこよひの月のけしきにて秋の半をそらに知るかな  0338:0331 天の川名にながれたるかひありて今宵の月はことにすみけり  0339:0332               とよ2 さやかなる影にてしるし秋の月十夜にあまれる五日なりけり  0340:0333 うちつけに又來む秋のこよひまで月故をしくなるいのちかな  0341:0334 秋はたゞこよひ一夜の名なりけりおなじ雲井に月はすめども  0342:0335 おもひせぬ十五のとしもある物を今宵の月のかゝらましかば  0343:0336  くもれる十五夜を               こよひ2 月見れば影なく雲につゝまれて今夜ならずばやみに見えまし  0344:0337  月歌あまた詠みるけに      あづま1 入りぬとや東に人はをしむらむ都にいづるやまの端のつき  0345:0338 待ち出でてくまなき宵の月見ればくもぞ心にまづかゝりける  0346:0339    あま1        ふ1 秋風や天つくもゐにはらふらむ更けゆくまゝに月のさやけき  0347:0340         ぬイ いづくとて哀ならずはなけれどもあれたる宿ぞ月はさびしき  0348:0341 よもぎ分けて荒れたる宿の月見れば昔すみけむ人ぞこひしき  0349:0342 身にしみて哀しらする風よりもつきにぞ秋のいろは見えける  0350:0343 蟲の音もかれゆく野べの草のはらに哀をそへてすめる月かげ  0351:0344 人も見ぬよしなき山の末までもすむらむ月の影をこそおもへ  0352:0345 こ1ま1 木の間もる有明の月をながむればさびしさ添ふるみねの松風  0353:0346 いかにせむ影をばそでにやどせども心のすめば月のくもるを  0354:0347      しづ1        ふせや2 くやしくも賤が伏屋とおとしめて月のもるをも知らで過ぎける  0355:0348 あれわたる草の庵にもる月をそでにうつしてながめつるかな  0356:0349 月を見て心うかれしいにしへの秋にもさらにめぐりあひぬる  0357:0350 何亊もかはりのみゆく世のなかにおなじ影にてすめる月かな  0358:0351 よもすがら月こそそでにやどりけれ昔の秋をおもひいづれば  0359:035      ほか1 ながむれば外の影こそゆかしけれかはらじものを秋の夜の月  0360:0353 ゆくへ2 行方なく月に心のすみ/\てはてはいかにかならむとすらむ  0361:0354 月影のかたぶく山をながめつゝをしむしるしやありあけの空  0362:0355 ながむるもまことしからぬ心地してよに餘りたる月の影かな  0363:0356 行く末の月をば知らず過ぎきつる秋まだかゝる影はなかりき  0364:0357 まことゝも誰か思はむひとり見て後にこよひの月をかたらば  0365:0358                      よる1 月のため晝と思ふがかひなきにしばしくもりて夜を知らせよ  0366:0359 あまの原朝日山より出づればや月のひかりのひるにまがへる  0367:0360 有明の月のころにしなりぬれば秋はよるなきこゝちこそすれ  0368:0361 なか/\に時々雲のかゝるこそ月をもてなすかざりなりけれ  0369:0362 空晴るゝあらしのおとは松にあれや月も緑のいろにはえつゝ  0370:0363 さだめなく鳥やなくらむあきの夜は月の光をおもひまがへて  0371:0364 たれもみなことわりとこそ定むらめ晝をあらそふ秋の夜の月  0372:0365 影さえてまことに月のあかき夜は心もそらにうかびてぞすむ  0373:0366 隈もなき月のおもてに飛ぶ雁のかげを雲かと思ひけるかな  0374:0367 ながむればいなや心のくるしきにいたくなすみそ秋の夜の月  0375:0368 雲も見ゆかぜも吹くればあらくなるのどかなりつる月の光を  0376:0369 もろともにかげをならぶる人もあれや月のもりくる笹の庵に  0377:0370 なか/\にくもると見えて晴るゝ夜の月は光の添ふ心地する  0378:0371 浮雲の月のおもてにかゝれどもはやく過ぐるは嬉しかりけり  0379:0372 過ぎやらで月近くゆく浮雲のたゞよふ見ればわびしかりけり  0380:0373 いと1 厭へどもさすがに雲のうちちりて月のあたりを離れざりけり  0381:0374 雲はらふ嵐に月のみがかれてひかりえてすむあきのそらかな  0382:0375 くまもなき月の光をながむればまづをばすての山ぞこひしき  0383:0376 月さゆるあかしの瀬戸に風ふけば氷のうへにたゝむしらなみ  0384:0377 天の原おなじ岩戸をいづれどもひかりことなる秋の夜のつき  0385:0378 限りなくなごりをしきは秋の夜の月にともなふあけぼのゝ空  0386:0379  九月十三夜 こよひはとところえがほにすむ月の光もてなす菊のしらつゆ  0387:0380 雲きえし秋のなかばの空よりも月はこよひぞ名におへりける  0388:0381  後九月月をもてあそぶといふ亊を 月見れば秋くはゝれる年はまたあかぬ心もそふにぞ有りける  0389:0382  月瀧を照すといふことを 雲消ゆる那智の高嶺に月たけてひかりをぬけるたきのしら絲  0390:0383  久しく月を待つといふ亊を 出でながら雲にかくるゝ月影をかさねて待つやふたむらの山  0391:0384  雲間に月を待つといふ亊を 秋の月いざよふ山の端のみかは雲のたえまもまたれやはせぬ  0392:0385  月前薄 をしむ夜の月にならひて有明のいらぬをまねく花すゝきかな  0393:0386 花すゝき月の光にまがはましふかきますほのいろにそめずば  0394:0387  月前荻 月すむと荻うゑざらむやどならば哀すくなき秋にやあらまし  0395:0388  月照野花といふ亊を 月なくば暮るれば宿へ歸らまし野べには花のさかりなりとも  0396:0389  月前野花 花の色をかげにうつせば秋の夜の月ぞ野守のかゞみなりける  0397:0390  月前草花 月のいろを花にかさねて女郎花うはものしたに露をかけたる  0398:0391 よひのまの露にしをれて女郎花有明のつきのかげにたはるゝ  0399:0392  月前女郎花 庭さゆる月なりけりな女郎花しもにあひぬるはなと見たれば  0400:0393  月前蟲 月のすむ淺茅にすだくきり%\す雲のおくにや秋を知るらむ  0401:0394 露ながらこぼさで折らむ月かげに小萩がえだのまつ蟲のこゑ  0402:0395  深夜聞蛬 わが世とや更け行く月を思ふらむ聲も休めぬきり%\すかな  0403:0396  田家月 夕露の玉しく小田のいなむしろかへす穗ずゑに月ぞやどれる  0404:0397  月前鹿 たぐひなき心地こそすれ秋の夜の月すむ嶺のさを鹿の聲  0405:0398  月前紅葉              さイ 木の間もる有明の月のさやけきに紅葉をそへて眺めつるかな  0406:0399  霧月をへだつといふ亊を 立田山月すむみねのかひぞなきふもとに霧のはれぬかぎりは  0407:0400  月前にいにしへを懷ふ いにしへ1 古を何につけてかおもひいでむ月さへかはる世ならましかば  0408:0401  月によせて思を述べけるに 世の中にうきをも知らですむ月の影は我が身の心地こそすれ  0409:0402 世の中は曇り果てぬる月なれやさりともと見し影も待たれず  0410:0403 厭ふ世も月すむ秋に成りぬればながらへずばと思ふなるかな  0411:0404 さらぬだにうかれてものを思ふ身の心をさそふあきの夜の月  0412:0405                       とま1 捨てゝいにし憂世に月のすまであれなさらば心の留らざらまし  0413:0406 あながちに山にのみすむ心かなたれかは月のいるををしまぬ  0414:0407  かすが2  春日に參りたりけるに常よりも月明く哀なりけ  れば ふりさけし人のこゝろぞ知られける今宵三笠の山を眺めて  0415:0408  月寺のほとりにあきらかなり 晝と見る月にあくるを知らましや時つく鐘のおとなかりせば  0416:0409  人々住吉にまゐりて月を翫びけるに 片そぎの行き合はぬまよりもる月やさえて御袖の霜におくらむ  0417:0410 波にやどる月を汀にゆりよせて鏡にかくるすみよしのきし  0418:0411  旅まかりけるにとまりて あかずのみ都にて見し影よりもたびこそ月はあはれなりけれ  0419:0412 見しまゝに姿もかげもかはらねばつきぞ都のかたみなりける  0420:0413  旅宿の月をおもふといふ亊を 月はなほ夜な/\ごとにやどるべしわがむすびおく草の庵に  0421:XXXX  月前に友に逢ふといふことを 嬉しきは君にあふべき契ありて月にこゝろのさそはれにけり  0422:0414  心ざすことありて安藝の一の宮へ詣でけるに高富  の浦と申す所に風に吹きとめられて程經けり苫  ふきたる庵より月のもるを見て 波のおとを心にかけてあかすかなとまもる月のかげを友にて  0423:0415          あか1  詣でつきて月いと明くて哀に覺えければ詠ける もろともに旅なる空に月もいでてすめばやかげの哀なるらむ  0424:0416  旅宿の月といへる心をよめる あはれ知る人みたらばと思ふかな旅寐のとこにやどる月かげ  0425:0417 月やどるおなじうきねの波にしもそでしぼるべき契ありけり  0426:0418 都にて月をあはれとおもひしは數よりほかのすさびなりけり  0427:0419  船中初雁 沖かけて八重の汐路をゆく舟はほのかにぞきくはつ雁のこゑ  0428:0420  朝に初雁を聞く 横ぐもの風にわかるゝしのゝめに山飛びこゆるはつ雁のこゑ  0429:0421  夜に入りて雁を聞く 烏羽にかく玉づさのこゝちしてかり鳴きわたるゆふやみの空  0430:0422  雁聲遠きを 白雲をつばさにかけてゆく雁のかど田のおもの友したふなり  0431:0423  霧中雁 たまづさ2 玉章のつゞきは見えで雁がねの聲こそきりにけたれざりけれ  0432:0424  霧上雁 空色のこなたをうらに立つ霧のおもてに雁のかくるたまづさ  0433:0425  霧                     ふかくさ2 鶉なく折にしなれば霧こめてあはれさびしき深草のさと  0434:0426  霧行客をへだつ 名殘おほみむつごとつきで歸りゆく人をば霧も立ち隔てけり  0435:0427  山家霧 たちこむる霧のしたにもうづもれて心はれせぬみ山べの里  0436:0428 よをこめて竹の編戸に立つ霧の晴ればやがてや明けむとすらむ  0437:0429  鹿        ふるえ2 しだり咲く萩の古枝にかぜかけてすがひ/\にを鹿なくなり  0438:0430 萩がえの露ためず吹くあきかぜにをじか鳴くなり宮城野の原  0439:0431 よもすがら妻こひかねて鳴く鹿の涙や野べのつゆとなるらむ  0440:0432 さらぬだに秋はもののみ悲しきを涙もよほすさをしかのこゑ  0441:0433 山おろしに鹿のねたぐふ夕暮をもの悲しとはいふにや有るらむ  0442:0434 しかもわぶ空の氣色もしぐるめり悲しかれともなれる秋かな  0443:0436 何となくすまゝほしくぞおもほゆる鹿の音たえぬ秋の山ざと  0444:0436  小倉の麓にすみ侍りけるに鹿の鳴きけるを聞きて を鹿なく小ぐらの山のすそちかみたゞひとりすむわが心かな  0445:0437  曉の鹿 夜をのこすねざめに聞くぞ哀なる夢野の鹿もかくや鳴きけむ  0446:0438  夕暮に鹿を聞く しの原やきりにまがひてなく鹿のこゑかすかなる秋の夕ぐれ  0447:0439  幽居に鹿を聞く となりゐぬはたの假屋に明す夜はしか哀なる物にぞ有りける  0448:0440  田庵の鹿               ね1 小山田のいほちかく鳴くしかの音におどろかされて驚すかな  0449:0441  人を尋ねて小野にまかりけるに鹿のなきければ 鹿の音を聞くにつけてもすむ人のこゝろ知らるゝ小野の山里  0450:0442  獨聞擣衣    よさむ2       た1 獨寐の夜寒になるにかさねばや誰が爲にうつころもなるらむ  0451:0443  隔里擣衣 さ夜衣いづこの里にうつならむ遠くきこゆるつちのおとかな  0452:0444  年頃申されたる人の伏見に住むと聞きて尋ねま  かりたりけるに庭の道も見えずしげりて蟲なき  ければ わけて入る袖に哀をかけよとてつゆけきにはに蟲さへぞなく  0453:0445  蟲の歌よみ侍りけるに            こざさふ3      きり%\す1 夕されや玉うごくつゆの小笹生にこゑまづならす蛬かな  0454:0446 秋風にほずゑ波よるかるかやの下葉にむしのこゑみだるなり  0455:0447 蛬なくなる野邊はよそなるを思はぬそでに露ぞこぼるゝ  0456:0448 秋風の更けゆく野邊の虫の音のはしたなきまでぬるゝ袖かな  0457:0449 蟲の音をよそにおもひてあかさねば袂も露は野べにかはらじ  0458:0450 野べになく蟲もやものは悲しきと答へましかば問ひて聞かまし  0459:0452 秋の夜に聲も惜まずなく蟲をつゆまどろまず聞きあかすかな  0460:0451 あきの夜を獨や鳴きてあかさましともなふ蟲の聲なかりせば  0461:0453 秋の野の尾花がそでにまねかせていかなる人をまつ蟲のこゑ  0462:0454 よもすがら袂に蟲の音をかけてはらひわづらふ袖のしらつゆ  0463:XXXX 獨寐のねざめのとこのさむしろに涙もよほすきり%\すかな  0464:0455      よさむ2 きり%\す夜寒になるをつげがほに枕のもとにきつゝ鳴くなり  0465:0456 蟲の音をよわりゆくかと聞くからに心に秋の日かずをぞふる  0466:0457 秋ふかみよわるは蟲の聲のみかきく我とてもこの身やはある  0467:0458 虫のねにさのみぬるべきたもとかは怪しや心ものおもふらし  0468:XXXX もの思ふ寐覺とぶらふきり%\す人よりもげに露けかるらむ  0469:0459  獨聞蟲             きり%\す1 ひとり寐のともにはならで蛬なく音をきけば物おもひぞそふ  0470:0460  故郷蟲 草ふかみ分け入りてとふ人もあれやふりゆく宿のすゞ蟲の聲  0471:0461  雨中蟲       をぐさ2 かべに生ふる小草にわぶる蛬しぐるゝにはのつゆいとふらし  0472:0462  田家に蟲をきく をはぎ2 小萩さく山田のくろの蟲の音にいほもる人やそでぬらすらむ  0473:0463  いふべ1  夕の道の蟲といふ亊を うちぐする人なき道の夕さればこゑたておくるくつわ蟲かな  0474:0464  田家秋夕 ながむれば袖にもつゆぞこぼれける外面の小田の秋の夕ぐれ  0475:0465 吹きすぐる風さへことに身にぞしむ山田のいほの秋の夕ぐれ  0476:0466  京極太政大臣中納言と申しける折菊をおびたゞ  しき程にしたてゝ鳥羽院にまゐらせ給ひたりけ  る鳥羽の南殿の東面のつぼに所なきほどにうゑ         きんしげせうしやう4  させたまひけり公重少將人々をすゝめて菊もて  なさせけるにくはゝるべきよしあれば                 やまびと1 君が住むやどのつぼには菊ぞかざる仙の宮といふべかるらむ  0477:0467  菊 いく秋にわがあひぬらむ長月のこゝぬかにつむ八重のしら菊  0478:0468 秋ふかみならぶ花なき菊なればところを霜のおけとこそ思へ  0479:0469  月前菊 ませなくば何をしるしにおもはまし月もまかよふしら菊の花  0480:0470  秋ものへまかりける道にて 心なき身にもあはれは知られけり鴫たつさはの秋のゆふぐれ  0481:0471         ころ1  嵯峨に住みける比隣の坊に申すべき亊ありてま           むぐら1  かりけるに道もなく葎の茂りければ 立ちよりて隣とふべき垣にそひてひまなくはへる八重葎かな  0482:0472  題しらず いつよりか紅葉の色はそむべきと時雨にくもる空にとはゞや  0483:0473  紅葉未遍といふことを いとか山時雨にいろを染めさせてかつ/\織れる錦なりけり  0484:0474  山家紅葉 そめてけり紅葉のいろのくれなゐをしぐると見えしみ山べの里  0485:0475  秋の末に松蟲のなくを聞きて さらぬだに聲よわりにし松蟲の秋のすゑにはきゝもわかれず  0486:0476 限あれば枯れゆく野べはいかゞせむ蟲の音のこせあきの山里  0487:0477  寂蓮高野に詣でて深き山の紅葉といふ亊を詠み  ける さま%\に錦ありけるみ山かな花見しみねをしぐれそめつゝ  0488:0478  紅葉色深しといふ亊を 限あればいかゞは色も増るべきをあかずしぐるゝ小倉山かな  0489:0479 もみぢ葉の散らで時雨の日數へばいかばかりなる色かあらまし  0490:0480  霧中紅葉                      みイ 錦はる秋のこずゑを見せぬかなへだつる霧のやどをつくりて  0491:0481  賤しかりける家に蔦の紅葉面白かりけるを見て 思はずよよしある賤がすみかかな蔦の紅葉をのきに這はせて  0492:XXXX  寄紅葉戀 我が涙しぐれの雨にたぐへばや紅葉のいろのそでにまがへる  0493:0482  東へまかりけるにしのぶの奧に侍りける社の紅  葉を ときはなる松のみどりも神さびて紅葉ぞ秋はあけのたまがき  0494:0483  草花野路落葉 紅葉ちる野はらをわけて行くひとは花ならぬまで錦きるべし  0495:0484  秋の末に法輪にこもりて詠める 大井川ゐぜきによどむ水の色に秋ふかくなる程ぞ知らるゝ  0496:0485 小倉山ふもとにあきのいろはあれや梢のにしき風にたゝれて  0497:0486 わがものと秋の梢をおもふかなをぐらのさとに家居せしより  0498:0487 山ざとは秋の末にぞおもひ知るかなしかりけりこがらしの風  0499:0488 暮れ果つる秋の形見にしばし見む紅葉ちらすなこがらしの風  0500:0489            やまがつ2 あきくるゝ月なみわかぬ山賤のこゝろうらやむけふの夕ぐれ  0501:0490  終夜秋を惜む をしめども鐘の音さへかはるかな霜にや露のむすびかふらむ  Subtitle  冬  0502:0491  長樂寺にて夜紅葉を思ふといふ亊を人々よみけるに 夜もすがらをしげなく吹く嵐かなわざと時雨のそむる紅葉を  0503:XXXX  題しらず 神無月木の葉のおつるたびごとに心うかるゝみやまべのさと  0504:0492 ねざめする人の心をわびしめてしぐるゝ音はかなしかりけり  0505:0493  十月のはじめつかた山里にまかりたりけるに蛬  の聲のわづかにしければ詠みける     むぐら1 霜うづむ葎の下のきり%\すあるかなきかにこゑきこゆなり  0506:0494  山家落葉                        ふゆごもり2 道もなしやどは木の葉にうづもれぬまだきせさする冬籠かな  0507:0495 木の葉散れば月に心ぞあくがるゝみ山がくれに住まむと思ふに  0508:0496  曉落葉 時雨かとねざめの床にきこゆるは嵐にたへぬ木の葉なりけり  0509:0497  水上落葉 立田姫そめしこずゑの散るをりはくれなゐあらふ山川のみづ  0510:0498  落葉 嵐ふく庭の落葉のをしきかなまことのちりになりぬと思へば  0511:0499  月前落葉 山おろしの月に木の葉を吹きかけて光にまがふ影を見るかな  0512:0500  瀧上落葉 こがらし2 木枯にみねの紅葉やたぐふらむむらごに見ゆる瀧のしらいと  0513:0501  山家時雨 宿かこふはゝその柴のいろをさへしたひてそむる初時雨かな  0514:0502  閑中時雨といふ亊を おのづから音する人もなかりけり山めぐりする時雨ならでは  0515:0503  時雨の歌よみけるに あづまやのあまりにもふるしぐれかな誰かは知らぬ神無月とは  0516:0504    あじろ2  落葉網代にとゞまる 紅葉よる網代の布の色そめてひをくるゝとは見ゆるなりけり  0517:0505  山家枯草といふ亊を覺雅僧都の坊にて人々よみ  けるに かきこめしすそ野の薄霜枯れてさびしさまさるしばの庵かな  0518:0506  野のわたりの枯れさる草といふ亊を双林寺にて  詠みけるに さま%\に花さきたりと見し野邊の同じ色にも霜枯れにけり  0519:0507  枯野の草をよめる                      まの2 分けかねし袖に露をばとめ置きて霜にくちぬる眞野の萩原  0520:0508 霜かつぐ枯野の草はさびしきにいづくは人のこゝろとむらむ  0521:0509 霜がれてもろくくだくる荻の葉をあらく吹くなる風の音かな  0522:0510  冬の歌よみけるに 難波江のいり江のあしに霜さえてうら風さむき朝ぼらけかな  0523:0511 玉かけし花のかづらもおとろへて霜をいたゞく女郎花かな  0524:0512 山櫻初ゆき降れば咲きにけりよし野はさとにふゆごもれども  0525:0513 さびしさにたへたる人のまたもあれな庵ならべむ冬の山ざと  0526:0514  水邊寒草 霜にあひて色あらたむる芦のほのさびしく見ゆる難波江の浦  0527:0515  山里の冬といを亊を人々よみけるに 玉まきし垣ねのまくず霜がれてさびしく見ゆる冬のやまざと  0528:0516  寒夜旅宿 旅寐する草のまくらに霜さえてありあけの月の影ぞ待たるゝ  0529:0517  山家冬月 冬がれのすさまじげなるやまざとに月のすむこそ哀なりけれ  0530:0518 月出づる峯の木の葉も散りはてゝふもとの里は嬉しかるらむ  0531:0519  月枯れたる草を照す 花におく露にやどりし影よりもかれ野の月はあはれなりけり  0532:0520 こほりしく沼の芦原かぜさえて月もひかりぞさびしかりける  0533:0521  しづかなる夜の冬月 霜さゆる庭の木の葉をふみ分けて月は見るやと訪ふ人もがな  0534:0522  庭上冬月といふ亊を さゆと見えて冬ふかくなる月かげは水なきにはに氷をぞしく  0535:0523  鷹狩 あはせたる木ゐのはし鷹をぎとゝし犬かひ人の聲しきるなり  0536:0524  雪中鷹狩 かきくらす雪にきゞすは見えねども羽音に鈴をたぐへてぞやる  0537:0525     とだち2 降る雪に鳥立も見えずうづもれてとりどころなき御狩野の原  0538:XXXX  夜初雪 月いづるのきにもあらぬ山の端のしらむもしるし夜はの白雪  0539:0526  庭雪似月 木の間もる月の影とも見ゆるかなはだらにふれる庭のしら雪  0540:0527  雪の朝靈山と申す所にて眺望を人々よみけるに たけのぼる朝日のかげのさすまゝに都の雪は消えみ消えずみ  0541:0528  枯野に雪の降りたるを      かや1 枯れはつる萱がうは葉にふる雪はさらに尾花の心地こそすれ  0542:XXXX  雪の歌よみけるに あらち山さかしくくだる谷もなくかじきの道をつくるしら雪  0543:0529                        こし1 たゆみつゝそりのはやをもつけなくに積りにけりな越の白雪  0544:0530  雪道を埋む ふる雪にしをりし柴もうづもれておもはぬ山に冬ごもりする  0545:0531  秋の頃高野へまゐるべきよし頼めてまゐらざり  ける人のもとへ雪ふりて後申しつかはしける 雪ふかくうづみてけりな君來やと紅葉のにしきしきし山路を  0546:0532  雪朝待人といふ亊を わが宿に庭より外の道もがなとひ來むひとのあとつけで見む  0547:0533  雪に庵うづもれてせむかたなく面白かりけり今  も來たらばと詠みけむことを思ひ出でて見ける  ほどに鹿の分けてとほりけるを見て 人來ばと思ひて雪を見るほどにしか跡つくることもありけり  0548:0534  雪朝會友といふ亊を                        ぞイ 跡留むる駒の行方はさもあらばあれ嬉しく君にゆきも逢ひぬる  0549:0535  雪埋竹といふことを 雪うづむ園の呉竹をれふしてねぐらもとむるむらすゞめかな  0550:0536  賀茂の臨時の祭歸り立の御神樂土御門内裏にて  侍りけるに竹のつぼに雪のふりたりけるを見て      をみ2 うらがへす小忌の衣と見ゆるかな竹のうら葉にふれるしら雪  0551:0537  社頭雪 玉がきはあけもみどりもうづもれて雪おもしろき松の尾の山  0552:0538  雪の歌ども詠みけるに 何となくくるゝ雫のおとまでも山邊はゆきぞあはれなりける  0553:0539                をちこし2 雪ふれば野路も山路もうづもれて遠近しらぬたびのそらかな  0554:0540     こけ1 あをね山苔のむしろの上にして雪はしとねのこゝちこそすれ  0555:0541 卯の花のこゝちこそすれ山里のかきねの柴をうづむしらゆき  0556:0542            うのはな2 をりならぬめぐりの垣の卯花をうれしく雪のさかせつるかな  0557:0543 とへな君ゆふぐれになる庭の雪をあとなきよりは哀ならまし  0558:0544  船中霰 せと2 迫門渡るたななし小舟心せよあられみだるゝしまきよこぎる  0559:0545  深山霰 杣人のまきのかり屋の下ぶしに音するものはあられなりけり  0560:0546  櫻の木に霰のたばしるを見て たゞは落ちで枝をつたへる霰かなつぼめる花のちる心地して  0561:0547  月前炭竈といへる亊を 限あらむ雲こそあらめ炭がまのけぶりに月のすゝけぬるかな  0562:0548  千鳥                せと2 淡路がたいそわの千鳥こゑしげし迫門の汐風さえまさる夜は  0563:0549 淡路がた迫門の汐干の夕ぐれに須磨よりかよふ千鳥なくなり  0564:0551 さゆれども心やすくぞきゝあかす川瀬の千鳥ともぐしてけり  0565:0550 霜さえて汀ふけゆくうら風をおもひ知りげに鳴くちどりかな  0566:0552 やせ渡るみなとの風につきふけて汐干るかたに千鳥なくなり  0567:0553  題しらず 千どりなく繪島の浦にすむ月を波にうつして見るこよひかな  0568:0554  氷留山水 岩間せく木の葉わけこし山みづをつゆもらさぬは氷なりけり  0569:0555  瀧上氷 みなかみ2 水上にみづや氷をむすぶらむ繰るとも見えぬたきのしらいと  0570:0556  氷筏をとづといふ亊を                     ほづ2 氷わる筏のさをのたゆければもちやこさまし保津のやまごえ  0571:0557  冬の歌十首よみけるに 花もかれもみぢも散りぬ山里はさびしさをまたとふ人もがな  0572:0558 ひとりすむかた山陰の友なれやあらしに晴るゝふゆの夜の月  0573:0559 津の國の芦のまろ屋の淋しさは冬こそわきてとふべかりけれ  0574:0560                        こや2 さゆる夜はよその空にぞをしも鳴くこほりにけりな昆陽の池水  0575:0561 よもすがら嵐の山にかぜさえて大井のよどにこほりをぞしく  0576:0562 さえわたるうら風いかにさむからむ千鳥むれゐるゆふ崎の浦  0577:0563 山里はしぐれし頃のさびしきにあられの音はやゝまさりけり  0578:0564 風さえてよすればやがてこほりつゝかへる波なき志賀の唐崎  0579:0565 吉野山ふもとにふらぬ雪ならば花かと見てやたづね入らまし  0580:0566 宿ごとにさびしからじとはげむべし煙こめたる小野の山ざと  0581:0567  題しらず 山櫻おもひよそへてながむれば木ごとの花はゆきまさりけり  0582:0568      おむろ2  仁和寺の御室にて山家閑居見雪といふ亊を詠ま  せ給ひけるに 降りつもる雪をともにて春までは日をおくるべきみ山べの里  0583:0569  山里に冬深しといふ亊を とふ人も初雪をこそわけこしかみちとぢてけりみやまべの里  0584:0570  山居雪といふ亊を 年の内はとふ人さらにあらじかし雪も山路もふかきすみかを  0585:0571  世を遁れて鞍馬の奧に侍りけるにかけひのこほ  りて水までこざりけるに春になるまではかく侍  るなりと申しけるを聞きてよめる         かけひ1 わりなしやこほる筧の水ゆゑにおもひ捨てゝし春のまたるゝ  0586:0572  陸奧國にて年の暮によめる 常よりも心ぼそくぞおもほゆるたびのそらにて年の暮れぬる  0587:0573  山家歳暮 新しき柴のあみ戸をたちかへて年のあくるを待ちわたるかな  0588:0574  東山にて人々年の暮に思を述べけるに       いとなみ1 年くれしその營はわすられてあらぬさまなるいそぎをぞする  0589:0575      あがた1  年の暮に縣より都なる人の許へ申し遣しける おしなべておなじ月日の過ぎゆけば都もかくや年は暮れぬる  0590:XXXX 山里に家ゐをせずば見ましやはくれなゐふかき秋のこずゑを  0591:0576  歳暮に人のもとへ遣しける おのづからいはぬを慕ふ人やあると休らふ程に年の暮れぬる  0592:0577  常なき亊をよせて いつか我むかしの人といはるべきかさなる年をおくり迎へて  Subtitle  戀  0593:0578  名を聞きて尋ぬる戀            ははきぎ2 あはざらん亊をば知らず帚木の伏屋と聞きて尋ね行くかな  0594:0579  自門歸戀                ちづか2 たてそめてかへる心はにしき木の千束まつべき心地こそすれ  0595:0580  涙顯戀            くれはとり2 おぼつかないかにと人の呉織あやむるまでにぬるゝそでかな  0596:0581  夢會戀 なか/\に夢に嬉しきあふ亊はうつゝにものを思ふなりけり  0597:XXXX あふことを夢なりけりと思ひわく心の今朝はうらめしきかな  0598:0582 あふと見る亊をかぎりの夢路にてさむる別のなからましかば  0599:0583            うつつ1 夢とのみおもひなさるゝ現こそあひ見る亊のかひなかりけれ  0600:0584  後朝 今朝よりぞ人の心はつらからで明けはなれ行く空をうらむる  0601:0585 逢ふ亊をしのばざりせば道芝の露よりさきにおきてこましや  0602:0586  後朝郭公 さらぬだに歸りやられぬしのゝめに添へてかたらふ郭公かな  0603:0587  後朝花橘 かさねてはこからまほしきうつり香を花橘に今朝たぐへつゝ  0604:0588  後朝霧 やすらはむ大方の夜は明けぬとも闇とかこへる霧にこもりて  0605:0589  歸るあしたの時雨 ことづけて今朝の別はやすらはむ時雨をさへや袖にかくべき  0606:0590  逢ひてあはぬ戀 つらくともあはずば何のならひにか身の程知らず人を恨みむ  0607:0591 さらば唯さらでぞ人の止みなましさて後も又さもやあらじと  0608:0592  恨 もらさじとそでにあまるをつゝままし情をしのぶ涙なりせば  0609:0593  ふたゝび絶ゆる戀 からころも2 唐衣たちはなれにしまゝならば重ねてものは思はざらまし  0610:0594  寄絲戀 しづ1   め1 賤の女がすゝぐる絲にゆづりおきて思ふにたがふ戀もするかな  0611:0595  寄梅戀 折らばやと何思はまし梅の花めづらしからぬにほひなりせば  0612:0596 ゆきずりに一枝をりし梅が香のふかくも袖にしみにけるかな  0613:0597  寄花戀 つれもなき人に見せばや櫻花かぜにしたがふこゝろよわさを  0614:0598 花を見る心はよそにへだたりて身につきたるは君がおもかげ  0615:0599  寄殘花戀 葉がくれに散りとゞまれる花のみぞ忍びし人に逢ふ心地する  0616:0600  寄歸雁戀 つれもなく絶えにし人を雁がねのかへる心とおもはましかば  0617:0601  寄草花戀                   しづえ2 朽ちてたゞしをればよしや我が袖も萩の下枝の露によそへて  0618:0602  寄鹿戀 妻戀ひてひとめつゝまぬ鹿の音を羨むそでのみさをなるかな  0619:0603  寄苅萱戀 一方にみだるともなきわがこひやかぜさだまらぬ野べの苅萱  0620:0604  寄霧戀 夕霧のへだてなくこそおもひつれ隱れて君があはぬなりけり  0621:0605  寄紅葉戀 わが涙時雨のあめにたぐへばやもみぢのいろの袖にまがへる  0622:0606  寄落葉戀 朝ごとに聲ををさむる風のおとはよをへてかるゝひとの心か  0623:0607  寄氷戀 春をまつ諏訪のわたりもある物をいつを限にすべきつらゝぞ  0624:0608  寄水鳥戀 わが袖の涙かゝると濡れてあれなうらやましきは池のをし鳥  0625:0609  賀茂の方にさゝきと申す里に冬深く侍りけるに  人々まうで來て山里の戀といふことを 筧にもきみがつらゝやむすぶらむ心ぼそくも絶えぬなるかな  0626:0610  商人に文をつくる戀といふことを 思ひかね市の中には人おほみゆかりたづねてつくるたまづさ  0627:0611  海路戀 波のしくことをもなにか煩はむ君があふべきみちとおもはば  0628:0613  九月ふたつありける年閏月を忌む戀といふこと  を人々よみけるに 長月のあまりにつらき心にて忌むとは人のいふにやあるらむ  0629:0614                  さうじ2  みあれの頃賀茂にまゐりたりけるに精進にはゞ  かる戀といふことを人々よみけるに ことつくるみあれの程をすぐしてもなほや卯月の心なるべき  0630:0615  同社にて神に祈る戀といふことを神主どもよみ  けるに 天くだる神のしるしのありなしをつれなき人のゆくへにて見む  0631:0616  月 月待つといひなされつるよひのまの心の色のそでに見えぬる  0632:0617 知らざりき雲井のよそに見し月のかげを袂にやどすべしとは  0633:0618 あはれとも見る人あらばおもはなむ月のおもてにやどす心を  0634:0619 月見ればいでやとよのみ思ほえてもたりにくゝもなる心かな  0635:0620 弓張の月にはづれて見し影のやさしかりしはいつかわすれむ  0636:0621                なごり2 おもかげのわすらるまじき別かな名殘を人の月にとゞめて  0637:0622 あきの夜の月や涙をかこつらむ雲なきかげをもてやつすとて  0638:0623 天の原さゆるみそらは晴れながらなみだぞ月の隈になるらむ  0639:0624 もの思ふ心のたけぞ知られぬるよな/\月をながめあかして  0640:0625 月を見る心のふしをとがにしてたよりえ顏にぬるゝそでかな  0641:0626 思ひ出づる亊はいつもといひながら月にはたへぬ心なりけり  0642:0627 あしびきの山のあなたに君すまば入るとも月を惜まざらまし  0643:0628 なげけとて月やはものを思はするかこち顏なるわが涙かな  0644:0629 君にいかで月に爭ふほどばかりめぐりあひつゝ影をならべむ  0645:0630 白妙の衣かさぬる月かげのさゆるまそでにかゝるしらつゆ  0646:0631 しのびねの涙たゝふる袖のうらになづまずやどる秋の夜の月  0647:0632 ものおもふ袖にも月はやどりけり濁らですめる水ならねども  0648:0633 戀しさをもよほす月のかげなればこぼれかゝりてかこつ涙か  0649:0634 よしさらば涙のいけに身をなして心のまゝに月をやどさむ  0650:0635 うち絶えてなげく涙にわが袖のくちなばなどか月をやどさむ  0651:0636 よゝふとも忘れがたみのおもひでは袂に月のやどるばかりぞ  0652:0637 涙ゆゑ隈なき月ぞくもりぬるあまのはら/\ねのみながれて  0653:0638 あやにくにしるくも月のやどるかな夜にまぎれてと思ふ袂に  0654:0639 おもかげに君が姿を見つるよりにはかに月のくもりぬるかな  0655:0640 よもすがら月を見顏にもてなして心のやみにまよふころかな  0656:0641 秋の月もの思ふ人のためとてや影にあはれをそへて出づらむ  0657:0642 へだてたる人の心のくまにより月をさやかに見ぬがかなしさ  0658:0643 涙ゆゑつねはくもれる月なればながれぬをりぞ晴間なりける  0659:0644 くまもなきをりしも人を思ひいでて心と月をやつしつるかな  0660:0645 もの思ふ心の隈をのごひすてゝくもらぬ月を見るよしもがな  0661:0646 こひしさや思ひよわるとながむればいとど心をくだく月かな  0662:0647 ともすれば月すむ空にあくがるゝ心のはてをしるよしもがな  0663:0648 ながむるに慰むことはなけれども月を友にてあかすころかな  0664:0649 もの思ひてながむる頃の月の色にいかばかりなる哀そふらむ  0665:0650 あまぐも2 雨雲のわりなきひまをもる月の影ばかりだにあひ見てしがな  0666:0651        もり1 秋の月しのだの杜の千枝よりもしげきなげきや隈になるらむ  0667:0652 思ひ知る人ありあけのよなりせばつきせず身をば恨みざらまし  0668:0653  戀 數ならぬ心のとがになしはてじ知らせてこそは身をも恨みめ  0669:0654            おもかげ1 うち向ふそのあらましの俤をまことになして見るよしもがな  0670:0655 やまがつ2          かただより2 山賤のあら野をしめて住みそむる片便なる戀もするかな  0671:0656 常磐山しひの下柴かりすてむかくれておもふかひのなきかと  0672:0657 歎くとも知らばや人のおのづから哀とおもふこともあるべき  0673:0658 なにとなくさすがに惜き命かなありへば人やおもひ知るとて  0674:0659 なに故か今日までものを思はまし命にかへてあふせなりせば  0675:0660 あやめつゝ人知るとてもいかゞせむ忍び果つべき袂ならねば  0676:0661          みを2 なみだ川深く流るゝ水脈ならばあさき人目につゝまざらまし  0677:0662  底本欠落  0678:0663  底本欠落  0679:0664 うきたびになどなと人を思へどもかなはで年の積りぬるかな  0680:0665 なか/\になれぬ思のまゝならば恨ばかりや身につもらまし  0681:0666                       おもひ1 何せむにつれなかりしを恨みけむ逢はずばかゝる思せましや  0682:0667      われ1 むかはらば我がなげきのむくいにて誰ゆゑ君がものを思はむ  0683:0668 身のうさの思ひ知らるゝことわりに抑へられぬは涙なりけり  0684:0669 日をふれば袂の雨の足そひて晴るべくもなきわが心かな  0685:0670 かきくらす涙の雨のあし繁みさかりにもののなげかしきかな  0686:0671                        ちぎり1 もの思へどかゝらぬ人もあるものを哀なりける身の契かな  0687:XXXX 岩代の松風きけばものをおもふ人もこゝろはむすぼほれけり  0688:0672 なほざりの情は人のあるものをたゆるは常のならひなれども  0689:0673 何とこはかずまへられぬ身のほどに人をうらむる心ありけむ  0690:0674 うきふしをまづおもひしる涙かなさのみこそはと慰むれども  0691:0675 さま%\に思ひみだるゝ心をば君がもとにぞつかねあつむる  0692:0676                しのだ2 もの思へばちゞに心ぞくだけぬる信太の森のえだならねども  0693:0677 かゝる身におふし立てけむたらちねの親さへつらき戀もするかな  0694:0678        むくい1 おぼつかな何の報のかへり來て心せたむるあだとなるらむ  0695:0679 かきみだる心やすめのことぐさはあはれ/\と歎くばかりぞ  0696:0680 身を知れば人の咎とは思はぬにうらみがほにも濡るゝ袖かな  0697:0681 なか/\になるゝつらさにくらぶればうとき恨は操なりけり  0698:0682 人はうしなげきは露もなぐさまずこはさばいかにすべき心ぞ  0699:0683 日にそへて恨はいとゞおほ海のゆたかなりけるわが涙かな  0700:0684                 しの1 さる亊のあるなりけりと思ひ出でて偲ぶ心をしのべとぞ思ふ  0701:0685 今ぞ知るおもひ出でよと契りしはわすれむとての情なりけり  0702:0686 難波潟なみのみいとど數そひてうらみのひまや袖のかわかむ  0703:0687 心ざしのありてのみやは人をとふ情はなしとおもふばかりぞ  0704:0688 なか/\に思ひ知るてふ言の葉はとはぬに過ぎて恨めしきかな  0705:0689           なげき1 などかわれ亊の外なる歎せでみさをなる身にうまれざりけむ  0706:0690 汲みて知る人もありけむおのづからほりかねの井の底の心を  0707:0691 煙立つ富士のおもひの爭ひてよだけき戀をするがへぞゆく  0708:0692 涙川さかまくみをの底ふかみみなぎりあへぬわがこゝろかな  0709:0694 せとぐち3 迫門口に立てるうしほのおほよどみよどむとしひもなき涙かな  0710:0693 いそのまになみあらげなる折々はうらみをかづく里のあま人  0711:0695 あづまぢ2 東路やあひの中山ほどせばみこゝろの奧の見えばこそあらめ  0712:0696 いつとなく思ひに燃ゆるわが身かな淺間の煙しめるよもなく  0713:0697 はりまぢ3 播磨路や心のすまに關すゑていかでわが身のこひをとゞめむ  0714:0698 あはれ1 哀てふなさけに戀のなぐさまば問ふ言の葉やうれしからまし  0715:0699 物思はまだ夕ぐれのまゝなるに明けぬとつぐるしば鳥の聲  0716:0700 夢をなど夜頃頼まで過ぎきけむさらで逢ふべき君ならなくに  0717:0701 さはといひて衣かへして打ちふせど目の合はばやは夢も見るべき  0718:0702 戀ひらるゝうき名を人に立てじとて忍ぶわりなきわが袂かな  0719:0703 夏草のしげりのみゆく思ひかな待たるゝ秋のあはれ知られて  0720:0704 くれなゐ 紅のいろにたもとのしぐれつゝそでに秋あるこゝちこそすれ  0721:0705                         うはかぜ2 あはれとてなどとふ人のなかるらむ物思ふやどの荻の上風  0722:0706 わりなしやさこそ物思ふ袖ならめ秋にあひてもおける露かな  0723:0708          あま1 いかにせむ來む世の蜑となる程にみるめ難くて過ぐる恨を  0724:0707 秋ふかき野べの草葉にくらべばやものおもふころの袖の白露  0725:0709 ものおもふ涙ややがてみつせ川人をしづむるふちとなるらむ  0726:0710 あはれ/\ 哀々この世はよしやさもあらばあれ來む世もかくや苦しかるべき  0727:0711        あかつき1 たのもしなよひ曉の鐘の音にもの思ふ罪はつきざらめやは  Book  山家和歌集卷下  Subtitle  雜  0728:0712  題しらず つく%\とものを思ふにうち添へてをり哀なる鐘のおとかな  0729:0713 なさけありし昔のみ猶忍ばれてながらへまうき世にもあるかな  0730:0714 軒ちかき花たちばなに袖しめて昔をしのぶなみだつゝまむ  0731:0715 何ごとも昔をきくはなさけありて故あるさまに忍ばるゝかな  0732:0716 わがやどは山のあなたにあるものを何とうき世をしらぬ心ぞ  0733:0717 くもりなき鏡の上にゐる塵をめにたてゝ見る世とおもはばや  0734:0718 ながらへむと思ふ心ぞ露もなき厭ふにだにもたらぬ憂き身は  0735:0719 思ひ出づる過ぎにし方を恥かしみあるに物うきこの世なりけり  0736:0720  世につかふべかりける人のこもりゐたりけるも  とへつかはしける 世の中にすまぬもよしや秋の月にごれる水のたゝふさかりに  0737:0721                  かへりごと2  五日さうぶを人のつかはしたりける返亊に            あやめぐさ3 世のうきにひかるゝ人は菖蒲草心のねなきこゝちこそすれ  0738:0722  花橘によせて思を述べけるに 世のうきを昔がたりになしはてゝ花たちばなに思ひ出でばや  0739:0723  世にあらじと思ひける頃東山にて人々霞によせ  て思をのべけるに 空になる心は春のかすみにて世にあらじともおもひたつかな  0740:0724  おなじ心をよみける 世を厭ふ名をだにもさは留め置きて數ならぬ身の思出にせむ  0741:0725                    しやうにん2  いにしへごろ東山に阿彌陀房と申しける上人の  庵室にまかりて見けるに哀と覺えてよみける   いほ1 柴の庵ときくは賤しき名なれどもよに頼もしき住居なりけり  0742:0726  世を遁れける折ゆかりなりける人の許へいひ贈  りける 世の中を背き果てぬといひおかむ思ひしるべき人はなくとも  0743:0727  はるかなる所にこもりて都なりける人のもとへ  月の頃つかはしける 月のみやうはの空なるかたみにておもひもいでば心かよはむ  0744:0728  世をのがれて伊勢のかたへまかりけるに鈴鹿山にて 鈴鹿山憂世をよそにふり捨てゝいかになり行く我身なるらむ  0745:0729  述懷 何ごとにとまる心のありければさらにしもまた世の厭はしき  0746:0730  侍從大納言成道のもとへ後の世の亊おどろかし  【した】  申たしりける返亊に 驚かす君によりてぞ長き夜のひさしき夢はさむべかりける  0747:0731  かへし おどろかぬ心なりせば世の中を夢ともかたるかひなからまし  0748:0732       しゆつけ2  中院右大臣出家思ひ立つよし語り給ひけるに月  のいとあかくよもすがら哀にて明けにければ歸  りけり其後其夜の名殘おほかりしよしいひ送り  給ふとて 夜もすがら月を眺めて契りおきしそのむつごとに闇は晴れにし  0749:0733  かへし すむと見し心の月しあらはればこの世の闇は晴れざらめやは  0750:0734  ためなり2  爲業ときはに堂供養しけるに世をのがれて山寺  に住み侍りけるしたしき人々まうで來たりと聞  きていひつかはしける いにしへに變らぬ君が姿こそけふはときはのかたみなるらめ  0751:0735  かへし 色かへで獨のこれるときは木はいつをまつとか人の見るらむ  0752:0736  ある人さまかへて仁和寺の奧なる所に住むと聞  きてまかりて尋ねければあからさまに京にと聞  きて歸りにけり其後人遣してかくなむ參りたり  しと申したる返亊に たちよりて柴の煙のあはれさをいかゞおもひしふゆの山ざと  0753:0737  かへし 山ざとに心はふかく住みながら柴のけぶりの立ちかへりにし  0754:0738  この歌もそへられたりける 惜からぬ身をすてやらでふるほどに長き闇にやまた迷ひなむ  0755:0739  かへし 世をすてぬ心のうちに闇こめてまよはむことは君ひとりかは  0756:0740  したしき人々あまたありければおなじ心に誰も  御らんぜよとつかはしける返亊に又 なべてみなはれせぬ闇のかなしさを君しるべせよ光見ゆやと  0757:0741  又かへし 思ふともいかにしてかはしるべせむ教ふる道にいらばこそあらめ  0758:0742  後の世の亊むげに思はずしもなしと見えける人  のもとへいひ遣しける 世の中に心ありあけの人はみなかくて闇にはまよはぬものを  0759:0743  かへし 世をそむく心ばかりはありあけのつきせぬ闇は君にはるけむ  0760:0744  ある所の女房世をのがれて西山に住むと聞きて  尋ねければ住みあらしたるさまして人の影もせ  ざりけりあたりの人にかくと申しおきたりける  を聞きていひ送りける 鹽馴れし苫屋もあれてうき波による方もなきあまと知らずや  0761:0745  かへし 苫のやに波立ちよらぬけしきにてあまり住みうき程は見えけり  0762:0746  たいけんもんゐん4つぼね1  待賢門院の中納言の局世をそむきて小倉山のふ  もとに住み侍りける頃まかりたりけるにことが  らまことに幽に哀なりけり風のけしきさへこと  に悲しかりければかきつけける 山おろす嵐のおとのはげしきをいつならひける君がすみかぞ  0763:0747  哀なるすみかをとひにまかりたりけるに此のう  たを見てかきつけける                 同院兵衞局 うき世をば嵐の風にさそはれて家を出でぬるすみかとぞ見る  0764:0748  小倉をすてゝ高野のふもとにあまのと申す山に                 ほか1  すまれけりおなじ院の帥の局都の外のすみか訪  ひ申さではいかがとてわけおはしたりけるあり  がたくなむかへるさに粉川へまゐられけるに御  山よりいであひたりけるをしるべせよとありけ  ればぐし申して粉川へ參りたりけりかゝるつい                ふきあげ2  ではいまはあるまじきことなり吹上見むといふ  亊具せられたりける人々申出でて吹上へおはし  けり道より大雨風ふきて興なくなりにけりさり  とてはとて吹上に行きつきたりけれども見所な  きやうにて社にこしかきすゑておもふにも似ざ     のういん2  りけり能因がなはしろ水にせきくだせと詠みて  いひつたへられたるものをと思ひて社にかきつ  けける あまくだる名を吹上のかみならばくも晴れのきて光あらはせ  0765:0749 なはしろにせきくだされし天の川とむるもかみの心なるべし  かく書きたりければやがて西の風吹きかはりて                      よ1  忽ちに雲はれてうら/\と日なりにけり末の代  なれど志いたりぬる亊にはしるしあらたなる亊                 わかのうら2  を人々申しつゝしんおこして吹上若浦思ふやう  に見て歸られにけり  0766:0750  待賢門院の女房堀川の局のもとよりいひおくら  れける               しで2 この世にてかたらひおかむ郭公死出の山路のしるべともなれ  0767:0751  かへし 時鳥なく/\こそはかたらはめ死出の山路にきみしかゝらば  0768:0752  天王寺にまゐりけるに雨のふりければ江口と申  す所に宿をかりけるにかさゞりければ            【から】 世の中を厭ふまでこそかたらはめかりのやどりを惜む君かな  0769:0753  かへし 家を出づる人としきけばかりの宿に心とむなと思ふばかりぞ  0770:0754  ある人世をのがれて北山寺にこもりゐたりと聞  きて尋ねまかりたりけるに月あかゝりければ 世をすてゝ谷底にすむ人見よとみねの木のまをいづる月かげ  0771:0755  ある宮ばらにつけつかへ侍りける女房世をそ  むきて都はなれて遠くまからむと思ひ立ちて  まゐらせけるにかはりて 悔しくもよしなく君になれそめていとふ都の忍ばれぬべき  0772:0756  題しらず さらぬだに世のはかなさをおもふ身にぬえなきわたる曙の空  0773:0757 鳥部野を心のうちに分けゆけばいまきの露にそでぞそぼつる  0774:0758 いつのよに長きねぶりのゆめ覺めて驚く亊のあらむとすらむ  0775:0759 世の中を夢と見る/\はかなくもなほおどろかぬわが心かな  0776:0760 なき人もあるを思ふに世の中はねぶりのうちの夢とこそ知れ  0777:0761                   うつつ1 來しかたの見しよの夢にかはらねば今も現のこゝちやはする  0778:0762 亊となく今日暮れぬめり明日もまた變らずこそはひま過ぐる影  0779:0763 こえぬればまたもこの世に歸りこぬ死出の山こそ悲しかりけれ  0780:0764 はかなしやあだに命の露きえて野べにわが身の送りおかれむ  0781:0765                 たのみ1 露の玉は消ゆればまたもおくものを頼もなきはわが身なりけり  0782:0766                 きのふ2 あればとて頼まれぬかな明日はまた昨日と今日はいはるべければ  0783:0767                       あさぢふ3 秋の色は枯野ながらもあるものを世のはかなさや淺茅生の露  0784:0768 年月をいかでわが身におくりけむ昨日の人もけふはなき世に  0785:0769  范蠡がちやうなんの心を 捨てやらで命を終ふる人は皆ちゞのこがねをもてかへるなり  0786:0770  曉無常を        いりあひ2     あかつき1 つきはてしその入相のほどなさをこの曉に思ひ知りぬる  0787:0771  霞によせて常なき亊を なき人をかすめるそらにまがふるは道をへだつる心なるべし  0788:0772  花の散りたりけるにならびて咲きはじめける櫻  を見て 散ると見れば又咲く花の匂にもおくれ先だつためしありけり  0789:0773  月前述懷 月を見ていづれのとしの秋までかこの世にわれが契あるらむ  0790:0774  七月十五日月あかゝりけるに舟岡と申す所にて いかでわれこよひの月を身にそへて死出の山路の人を照さむ  0791:0775  もの心ぼそう哀なる折しも庵のまくらちかう蟲  の音聞えければ                     ね1 そのをりの蓬がもとの枕にもかくこそむしの音にはむつれめ  0792:0776/0777  鳥邊山にてとかくのことしけるけぶりの中より  わけて出づる月影は諸行無常のこゝろを はかなくて行きにし方を思ふにもいまもさこそは朝顏のつゆ  0793:0778  どうぎやう2  同行にて侍りける上人例ならぬこと大亊に侍り  けるに月のあかくて哀なるを見て もろともにながめ/\て秋の月ひとりにならむことぞ悲しき  0794:0779  待賢門院かくれさせおはしましにける御跡に人                    みなみおもて2  人又の年の御はてまでさぶらはれけるに南面の  花ちりける頃堀川の女房のもとへ申送りける 尋ぬとも風のつてにもきかじかし花と散りにし君がゆくへを  0795:0780  かへし 吹く風の行方しらするものならば花と散るにもおくれざらまし  0796:0781  近衞院の御墓に人に供して參りたりけるに露の  深かりければ        すみか1 みがかれし玉の栖を露ふかき野べにうつして見るぞ悲しき  0797:0782  一院かくれさせおはしましてやがて御所へ渡し  まゐらせける夜高野より出合ひて參りたりける  いと悲しかりけり此後おはしますべき所御らん  じはじめけるそのかみの御ともに右大臣さねよ  し大納言と申しけるさぶらはれけり忍ばせおは  しますことにて又人さぶらはざりけり其をりの  御供にさぶらひけることの思ひ出でられて折し  も今宵に參りあひたる昔いまのことおもひつゞ  けられて詠みける こよひこそおもひ知らるれ淺からぬ君に契のある身なりけり  0798:0783  をさめまゐらせける所へ渡しまゐらせけるに 道かはるみゆきかなしき今宵かな限のたびと見るにつけても  0799:0784  納めまゐらせて後御供にさぶらはれし人々たと  へむ方なく悲しながら限あることなりければ歸  られにけりはじめたることありて明日までさぶ  らひて詠める とはばやと思ひよりてぞ歎かまし昔ながらのわが身なりせば  0800:0784  右大將きんよしの父の服中に母なくなりぬと聞  きて高野よりとぶらひ申しける 重ねきる藤の衣をたよりにてこゝろの色を染めよとぞおもふ  0801:0786  かへし ふぢ衣かさぬるいろはふかけれどあさき心のしまぬばかりぞ  0802:0787  同じ歎し侍りける人のもとへ               こぞ2 君がため秋は世のうき折なれや去年もことしも物を思ひて  0803:0788  かへし 晴れやらぬ去年の時雨の上に又かきくらさるゝ山めぐりかな  0804:0789  母なくなりて山寺にこもりゐたりける人をほど  へて思ひ出でて人のとひたりければかはりて 思ひ出づるなさけを人の同じくばその折とへな嬉しからまし  0805:0790  ゆかりありける人はかなくなりにけりとかくの  わざに鳥部山へまかりて歸るに かぎりなくかなしかりけり鳥部山なきをおくりて歸る心は  0806:XXXX  父のはかなくなりにけるそとばを見て歸りける  人に なきあとをそとばかり見てかへるらむ人の心を思ひこそやれ  0807:0791  親かくれたのみたりける婿失せなどして歎しけ  る人の又ほどなくむすめにさへおくれけりと聞  きてとぶらひけるに この度はさき%\見けむ夢よりもさめずや物は悲しかるらむ  0808:0792  五十日のはてつかたに二條院の御墓に御佛供養  しける人にぐして參りたりけるに月あかくて哀  なりければ こよひ君死出の山路の月を見て雲のうへをや思ひいづらむ  0809:0793  御跡に三河内侍さぶらひけるに九月十三夜人に  かはりて 隱れにし君がみかげの戀しさに月に向ひてねをやなくらむ  0810:0794  かへし                内侍 わが君の光かくれしゆふべよりやみにぞまよふ月はすめども  0811:0795  寄紅葉懷舊といふ亊を法金剛院にて詠みけるに いにしへを戀ふる涙のいろに似て袂にちるはもみぢなりけり  0812:0796                   ためなり2  故郷述懷といふことをときはの家にて爲業よみ  けるにまかりあひて しげき野を幾ひとむらにわけなして更に昔をしのびかへさむ  0813:0797  十月中の十日頃法金剛院の紅葉見けるに上西門  院おはしますよし聞きて待賢門院の御とき思ひ  出でられて兵衞殿の局にさしおかせける 紅葉見て君がたもとやしぐるらむ昔のあきのいろをしたひて  0814:0798  かへし 色深き梢を見てもしぐれつゝふりにしことをかけぬ日ぞなき  0815:0799  周防内侍我さへ軒のと書き付けける故郷にてお  もひをのべけるに いにしへはついゐし宿も有る物を何をか忍ぶしるしにはせむ  0816:0800  みちの國にまかりたりけるに野中に常よりもと  おぼしき塚の見えけるを人にとひければ中將の  御墓と申すはこれがことなりと申しければ中將               さねかた2  とは誰が亊ぞと又問ひければ實方の御亊なりと  申しけるいと悲しかりけるさらぬだに物哀にお  ぼえけるに霜枯の薄ほの%\見え渡りて後にか  たらむ詞なきやうにおぼえて 朽ちもせぬその名ばかりを留めおきて枯野の薄かたみにぞ見る  0817:0801  ゆかりなくなりて住みうかれにける故郷へ歸り  ゐける人のもとへ 住みすてしその故郷をあらためて昔にかへるこゝちもやする  0818:0802  親におくれて歎きける人を五十日過ぐるまでと  はざりければ問ふべき人のとはぬことをあやし  みて人に尋ぬと聞きてかく思ひて今まで申さゞ  りつるよし申してつかはしける人にかはりて なべて皆君がなさけをとふ數におもひなされぬ言の葉もがな  0819:0803  ゆかりにつけて物を思ひける人のもとよりなど  かとはざらむと恨みつかはしたりける返亊に 哀とも心におもふほどばかりいはれぬべくはとひもこそせめ  0820:0804  はかなくなりて年へにける人の文を物の中より  見出でてむすめに侍りける人のもとへ見せにつ  かはすとて                    ゆイ 涙をやしのばむ人はながすべきあはれに見ける水莖の跡  0821:0805  同行に侍りける上人をはりよく思ふさまなりと  聞きて申し送りける                寂然 亂れずとをはり聞くこそ嬉しけれさても別はなぐさまねども  0822:0806  かへし この世にて又あふまじき悲しさにすゝめし人ぞ心みだれし  0823:0807  とかくわざ果てて跡のことどもひろひて高野へ  參りて歸りたりけるに                寂然 いるさにはひろふ形見ものこりけり歸る山路の友はなみだか  0824:0808  返亊 いかでとも思ひわかでぞ過ぎにける夢に山路をゆく心地して  0825:0809  侍從大納言入道はかなくなりてよひ曉につとめ  する僧おの/\歸りける日申しおくりける ゆきちらむ今日の別をおもふにも更になげきはそふ心地する  0826:0810  かへし ふししづむ身には心のあらばこそ更になげきもそふ心地せめ  0827:0811  此歌もかへしの外にぐせられける たぐひなき昔の人の形見には君をのみこそたのみましけれ  0828:0812  かへし いにしへの形見になると聞くからにいとど露けき墨染のそで  0829:0813  同日なりつながもとへつかはしける なき跡も今日まではなほ名殘あるを明日や別をそへて忍ばむ  0830:0814  かへし おもへたゞ今日のわかれのかなしさに姿をかへてしのぶ心を  やがて其日さまかへて後此返亊かく申したりけりいと哀なり  0831:0815  同じさまに世をのがれて大原にすみ侍りける妹  のはかなくなりにける哀とぶらひけるに                       わかれ1 いかばかり君思はまし道にいらでたのもしからぬ別なりせば  0832:0816  かへし 頼もしき道には入りて行きしかど我が身をつめば如何とぞ思ふ  0833:0817  院の二位の局身まかりける跡に十の歌人々よみ  けるに ながれゆく水に玉なすうたかたの哀あだなるこの世なりけり  0834:0818 消えぬめるもとの雫をおもふにも誰かはすゑの露の身ならぬ  0835:0819 送りおきてかへりし道の朝露を袖にうつすはなみだなりけり  0836:0820 ふなをかの裾野のつかのかず添へて昔の人にきみをなしつる  0837:0821 あらぬよの別はげにぞうかりける淺茅が原を見るにつけても  0838:0822 後の世をとへと契りし言の葉や忘らるまじき形見なるらむ  0839:0823 おくれゐてなみだにしづむ故郷をたまのかげにも哀とや見る  0840:0824 跡をとふ道にや君はいりぬらむくるしき死出の山へかゝらで  0841:0825 名殘さへほどなく過ぎば悲しきに七日のかずを重ねずもがな  0842:0826 跡しのぶ人にさへまたわかるべきその日をかねて知る涙かな  0843:0827  跡の亊ども果ててちり%\になりにけるにしげ  のりなかのりなど泪ながして今日にさへ又と申  しける程に南面の櫻に鶯の鳴きけるを聞きてよ  みける さくら花ちり%\になる木のもとになごりををしむ鶯のこゑ  0844:0828  かへし                少將なかのり 散る花はまた來む春も咲きぬべし別はいつかめぐりあふべき  0845:0829  同日くれけるまゝに雨のかきくらし降りければ あはれ知るそらも心のありければ涙にあめをそふるなりけり  0846:0830  かへし                院少納言局 あはれ知る空にはあらじわび人の涙ぞ今日はあめと降るらむ  0847:0831  行きちりて又の朝つかはしける 今朝はいかに思の色のまさるらむ昨日にさへもまた別れつゝ  0848:0832  かへし                少將なかのり 君にさへたち別れつゝ今日よりぞ慰むかたはけになかりける  0849:0833  兄の入道想空はかなくなりけるをとはざりけれ  ばいひつかはしける                寂然 とへかしな別のそでにつゆしげきよもぎがもとの心ぼそさを  0850:0834 待ちわびぬおくれさきだつ哀をも君ならでさは誰かとふべき  0851:0835 別れにし人のふたゝび跡を見ばうらみやせましとはぬ心を  0852:0836 いかにせむ跡の哀はとはずともわかれし人のゆくへたづねよ  0853:0837 なか/\にとはぬは深きかたもあらむ心淺くも恨みつるかな  0854:0838  かへし わけ人りてよもぎが露をこぼさじと思ふも人をとふにあらずや  0855:0839      わかれ1 よそに思ふ別ならねば誰をかは身より外には訪ふべかりける  0856:0840      のり1        はちす1 へだてなき法のことばにたよりえて蓮の露にあはれかくらむ  0857:0841 なき人をしのぶ思の慰まばあとをも千度とひこそはせめ  0858:0842 みのり2 御法をば詞なけれど説くと聞けば深き哀はいはでこそおもへ  0859:0843  是はぐしてつかはしける 露ふかき野邊になりゆく故郷はおもひやるにも袖しをれけり  0860:0844  無常の歌あまた詠みける中に いづくにか眠り/\てたふれふさむと思ふ悲しき路芝の露  0861:0845 おどろかむと思ふ心のあらばやは長きねぶりの夢も覺むべく  0862:0846            あまびと2 風あらきいそにかゝれる蜑人はつながぬ舟のこゝちこそすれ  0863:0847 おほ波にひかれ出でたる心地してたすけ舟なき沖にゆらるゝ  0864:0848 なき跡をたれと知らねどとりべ山おの/\すごきつかの夕暮  0865:0849                 ふなおかやま3 なみたかき世をこぎ/\て人はみな舟岡山をとまりにぞする  0866:0850 死にてふさむこけの莚をおもふよりかねて知らるゝ岩陰の露  0867:0851 つゆと消えば蓮臺野におくりおけねがふ心を名にあらはさむ  0868:0852          じゆだう2  那智に籠りて瀧に入堂し侍りけるに此上に一二  の瀧おはしますそれへまゐるなりと申す住僧の  侍りけるにぐしてまゐりけり花や咲きぬらんと  尋ねまほしかりける折節にてたよりある心地し  て分け參りたり二の瀧のもとへまゐりつきたり  によいりん3  如意輪の瀧となむ申すと聞きて拜みければまこ  とにすこしうちかたぶきたるやうにながれくだ  りてたふとくおぼえけり花山院の御庵室の跡の  侍りける前に年ふりたる櫻の木の侍りけるを見  てすみかとすればと詠ませ給ひけむ亊思ひ出で  られて 木のもとに住みけむ跡を見つるかな那智の高根の花を尋ねて  0869:0852  同行に侍りける上人月の頃天王寺にこもりたり  と聞きていひつかはしける いとどいかに西に傾く月かげをつねよりもけに君したふらむ  0870:0854  堀河局仁和寺に住み侍りけるに參るべきよし申  したりけれどもまぎるゝ亊ありてほど經にけり  月の頃前を過ぎけるを聞きていひ送られける 西へ行くしるべとたのむ月影の空だのめこそかひなかりけれ  0871:0855  かへし さしいらで雲路をよぎし月かげはまたぬ心やそらに見えけむ  0872:0856  寂超入道談義すと聞きてつかはしける      のり1 ひろむらむ法にはあらぬ身なりとも名を聞く數に入らざらめやは  0873:0857  かへし            のり1 傅へきくながれなりとも法の水くむ人からやふかくなるらむ  0874:0858  さだのぶ入道觀音寺に堂つくりに結縁すべきよ  し申しつかはすとて                 觀音寺入道生光 寺つくるこのわが谷につちうめよ君ばかりこそ山もくづさめ  0875:0859  かへし 山くづすそのちからねは難くとも心だくみを添へこそはせめ  0876:0860  阿闍梨勝命千人あつめて法華經結縁をせさせけ  るにまゐりて又の日つかはしける つらなりし昔に露もかはらじとおもひ知られし法のにはかな  0877:0861  人にかはりてこれもつかはしける いにしへにもれけむことの悲しさはきのふの庭に心ゆきにき  0878:0862                  つのくに2  六波羅太政入道持經者千人あつめて津國和田と                      まん1  申す所にて供養侍りけるやがてそのついでに萬  とうかい2  燈會しけり夜更くるまゝに灯の消えけるをおの  おのともしつぎけるを見て      のり1             みさき1 消えぬべき法の光のともし火をかゝぐる和田の岬なりけり  0879:0863  天王寺へまゐりて龜井の水を見て詠める あさからぬ契のほどぞくまれぬる龜井の水にかげうつしつゝ  0880:0864  心ざす亊ありて扇を佛にまゐらせけるに新院よ  り給ひけるに女房承りてつゝみ紙に書きつけら  れける      のり1 ありがたき法にあふぎの風ならば心の塵をはらふとぞおもふ  0881:0865  御かへし奉りける 塵ばかりうたがふ心なからなむ法をあふぎてたのむとならば  0882:0866  心性さだまらずといふことを題にて人々よみけ  るに   あがるイ 雲雀たつあら野におふる姫百合のなににつくともなき心かな  0883:0867  懺悔業障といふことを まどひつゝ過ぎける方の悔しさになく/\身をぞ今は恨むる  0884:0868  遇教待龍花といふことを                ありあけ2 朝日まつほどは闇にてまよはまし有明の月のかげなかりせば  0885:0869  寄藤花述懷 西をまつこゝろにふぢをかけてこそその紫のくもをおもはめ  0886:0870  見月思西といふことを 山の端にかくるゝ月をながむればわれも心のにしに入るかな  0887:0871  曉念佛といふことを                とたび2  とな1 夢さむる鐘のひゞきに打ちそへて十度の御名を稱へつるかな  0888:0872  易往無人の文を 西へ行くつきをやよそにおもふらむ心に入らぬ人のためには  0889:0873  人命不停速於山水の文の心を 山川のみなぎる水の音きけばせむるいのちぞおもひ知らるゝ  0890:0874  菩薩心論に乃至身命而不悋惜文を あだならぬやがてさとりに歸りけり人のためにすつる命は  0891:0875  疏文に心自悟心自證心 まどひきてさとりうべくも無かりつる心をしるは心なりけり  0892:0876  觀心 やみはれて心のそらにすむ月はにしの山邊やちかくなるらむ  0893:0877  序品 散りまがふ花のにほひをさきだてゝ光をのりの莚にぞしく  0894:0878 花の香をつらなる軒に吹きしめて悟れと風の散らすなりけり  0895:0879     【着於】  方便品深著終五欲の文を こりもせずうき世の闇にまよふかな身を思はぬは心なりけり  0896:0880  譬喩品 のり知らぬひとをぞけにはうしと見るみつの車に心かけねば  0897:0881  はかなくなりける人の跡に五十日のうちに一品  經供養しけるに化城喩品            なかぞら2 やすむべき宿をばおもへ中空のたびもなにかは苦しかるべき  0898:0882  五百弟子品 おのづからきよき心にみがかれて玉ときかへる法をしるかな  0899:0884  提婆品                 のり1 これやさは年つもるまでこりつめし法にあふごの薪なるらむ  0900:0885                         のり1 いかにして聞く亊のかく易からむあだに思ひてえつる法かは  0901:0883                       さとり1 いさぎよき玉を心にみがき出でていはけなき身に悟をぞえし  0902:0886  勸持品 あまぐもの晴るゝみそらの月かげにうらみなぐさむ姨捨の山  0903:0888  壽量品 わしのやま月をいりぬと見る人はくらきにまよふ心なりけり  0904:0889 さとりえし心の月のあらはれて鷲の高嶺にすむにぞ有りける  0905:0890  なき人の跡に一品經供養しけるに壽量品を人に  代りて 雲はるゝわしのみやまの月かげを心すみてや君ながむらむ  0906:0891  一心欲見佛の文を人々よみけるに わしの山たれかは月を見ざるべき心にかゝるくもしなければ  0907:0892  神力品於我滅度後の文を          のり1 行末の爲にとゞめぬ法ならば何かわが身にたのみあらまし  0908:0893  普賢品 散りしきし花の匂の名殘おほみたゝまうかりし法のにはかな  0909:0894  心經 なにごともむなしき法の心にて罪ある身とはつゆもおもはず  0910:0895  無上菩提の心を詠みける わしの山うへくらからぬみねなればあたりをはらふ有明の月  0911:0896  和光同塵は結縁のはじめといふことを詠みける  に いかなれば塵にまじりてます神につかふる人は清まはるらむ  0912:0897  六道の歌よみけるに地獄 罪人のしめる世もなく燃ゆる火の薪とならむことぞかなしき  0913:0898  餓鬼 あさゆふ2 朝夕の子をやしなひにすと聞けばくにすぐれても悲しかるらむ  0914:0899  畜生 かぐら歌に草とりかふはいたけれどなほ其駒になる亊はうし  0915:0900  修羅 よしなしな爭ふことをたてにしていかりをのみもむすぶ心は  0916:0901  人 ありがたき人になりけるかひありてさとり求むる心あらなむ  0917:0902  天     たのしみ1 雲の上の樂とてもかひぞなきさてしもやがてすみし果てねば  0918:0903  心に思ひけることを にごりたる心の水のすくなきになにかは月のかげやどるべき  0919:0904 いかでわれきよく曇らぬ身となりて心の月の影をみがかむ  0920:0905 のがれ1 遁なく終に行くべき道をさは知らではいかゞすぐべかりける  0921:0906 おろか1 愚なる心にのみやまかすべき師となることもあるなるものを  0922:0907 野にたてる枝なき木にもおとりけりのちの世しらぬ人の心は  0923:0908  五首述懷 身のうさを思ひ知らでや止みなまし背く習のなき世なりせば  0924:0909 いづくにか身を隱さまし厭ひてもうき世に深き山なかりせば  0925:0910 身のうさのかくれがにせむ山里は心ありてぞ住むべかりける  0926:0911 あはれ知るなみだの露ぞこぼれける草の庵をむすぶちぎりは  0927:0912 うかれ出づる心は身にも叶はねばいかなりとてもいかにかはせむ  0928:0913  高野より京なる人のもとへいひ遣しける 住むことは所がらぞといひながら高野はもののあはれなるべき  0929:0914  仁和寺の宮にて道心逐年深といふことを詠ませ  給ひけるに 淺く出でし心の水やたゝふらむすみゆくまゝに深くなるかな  0930:0915  閑中曉心といふことを同夜 嵐のみとき%\窓におとづれてあけぬる空の名殘をぞおもふ  0931:0916  殊の外にあれ寒かりけるころ宮法印高野にこも  らせ給ひて此ほどの寒さはいかゞするとて小袖  給はせたりける又の朝申しける 今宵こそあはれみあつき心地して嵐の音をよそに聞きつれ  0932:0917  御嶽より笙の岩屋へまゐりたりけるにもらぬ岩  やもとありけむ折おもひ出でられて 露もらぬ岩屋も袖はぬれけりと聞かずばいかに怪しからまし  0933:0918  をざさ2  小笹のとまりと申す所にて露のしげかりければ わけ來つるをざさの露にそぼちつゝほしぞわづらふ墨染の袖  0934:0919  阿闍梨兼堅世をのがれて高野にすみ侍りけりあ  からさまに仁和寺に出でてかへりもまゐらぬこ     さうがう2  とにて僧綱になりぬと聞きていひ遣しける 袈裟の色やわかむらさきに染めてける苔の袂を思ひかへして  0935:0920  秋頃風わづらひける人を訪ひたりける返亊に 消えぬべきつゆの命も君がとふ言の葉にこそおきゐられけれ  0936:0921  かへし 吹きすぐる風しやみなばたのもしき秋の野もせの露のしら玉  0937:0922  院の小侍從例ならぬこと大亊にふし沈みて年月  經にけりと聞きてとぶらひにまかりたりけるに  此程すこし宜しき由申して人にもきかせぬ和琴  の手ひきならしけるを聞きて 琴のねに涙をそへてながすかなたえなましかばと思ふ哀に  0938:0923  かへし 頼むべきこともなき身を今日までも何にかゝれる玉の緒ならむ  0939:0924  風わづらひて山寺にかへり入りけるに人々訪ひ                    おの/\1  てよろしくなりなば又と申し侍りけるに各心ざ  しを思ひ知りて さだめなし風わづらはぬ折だにもまた來むことを頼むべき世に  0940:0925 あだに散る木の葉につけておもふかな風さそふめる露の命を  0941:0926 われなくばこの里人や秋ふかき露をたもとにかけてしのばむ  0942:0927 さま%\に哀おほかる別かなこゝろをきみがやどにとどめて  0943:0928 歸れども人のなさけにしたはれて心は身にもそはずなりぬる  かへしどもありける聞きおよばねばかゝず  0944:0929  新院歌あつめさせおはしますと聞きて常磐にた  めたゞが歌の侍りけるをかき集めてまゐらせけ  る大原より見せにつかはすとて                寂超長門入道 木のもとに散る言の葉をかく程にやがても袖のそぼちぬるかな  0945:0930  かへし   ふ1 とし經れどくちぬときはの言の葉をさぞしのぶらむ大原の里  0946:0931  寂超ためたゞが歌にわが歌かきぐし又おとうと   じやくねん2  の寂然がうたなどとりぐして新院へまゐらせけ  る人とりつたへまゐらせけりと聞きて兄に侍り    さうくう2  ける想空がもとより 家の風傳ふばかりはなけれどもなどか散らさぬなげの言の葉  0947:0932  かへし 家の風むねと吹くべき木のもとは今ちりなむと思ふことの葉  0948:0933  新院百首の歌めしけるに奉るとて右大將きんよ  しのもとより見せに遣したりけるかへし申すと  て 家の風吹き傳へけるかひありて散る言の葉のめづらしきかな  0949:0934  かへし 家の風吹き傳ふとも和歌の浦にかひある言の葉にてこそしれ  0950:0935  題しらず 木枯に木の葉のおつる山里はなみださへこそもろくなりけれ  0951:0936 嶺わたるあらしはげしき山ざとにそへてきこゆる瀧川のみづ  0952:0937 とふ人も思ひたえたる山里のさびしさなくば住みうからまし  0953:0938 曉のあらしにたぐふかねのおとを心のそこにこたへてぞ聞く  0954:0939                        【とす】 待たれつる入相の鐘の音すなり明日もやあらばきかむすとらむ  0955:0940 松風のおとあはれなる山里にさびしさそふる日ぐらしのこゑ  0956:0941   戸イ 谷の間にひとりぞ松はたてりけるわれのみ友はなきと思へば  0957:0942 入日さす山のあなたは知らねども心をぞかねておくり置きつる  0958:0943 何となく汲むたびにすむ心かな岩井のみづにかげうつしつゝ  0959:0944          いほ1 水のおとはさびしき庵のともなれやみねの嵐のたえま/\に  0960:0946                   しみづ2 嵐ふくみねの木の間をわけ來つるたにの清水にやどる月かげ  0961:0945 鶉ふすかり田のひつち思ひ出でてほのかにてらす三日月の影  0962:0947 濁るべき岩井の水にあらねども汲まば宿れる月やさわがむ  0963:0948 ひとりすむいほりに月のさしこずば何か山邊の友とならまし  0964:0949 尋ね來てこととふ人もなき宿に木の間の月のかげぞさしいる  0965:0950   いほ1           ともな1 柴の庵はすみうきこともあらましを伴ふ月の影なかりせば  0966:0951     はやま2 影きえて端山の月はもりもこずたにはこずゑの雪と見えつゝ  0967:0952                  してイ 雲にたゞ今宵の月をまかせてむ厭ふとてしもはれぬものゆゑ  0968:0953 月を見る外もさこそはいとふらめ雲たゞこゝの空にたゞよへ  0969:0954 晴間なく雲こそ空にみちにけれ月見ることはおもひたゝなむ  0970:0955 濡るれども雨もる宿のうれしきはいり來む月を思ふなりけり  0971:0956 わけいりて誰かは人のたづぬべきいはかげ草のしげる山路を  0972:0957 山里は谷のかけひのたえ%\に水こひどりのこゑきこゆなり  0973:0958                 をし2 つがはねどうつれる影をともとして鴛鴦すみけりな山川の水  0974:0959 つらなりて風に亂れてなく雁のしどろに聲のきこゆなるかな  0975:0960 はれがたき山路の雲にうづもれて苔のたもとは霧朽ちにけり  0976:0961           しげ1 つゞらはふは山は下も茂ければ住む人いかにこぐらかるらむ  0977:0962 熊のすむこけの岩山おそろしみむべなりけりな人もかよはず  0978:0963 おともせで岩間たばしる霰こそよもぎのやどの友になりけれ  0979:0964                     なら1 あられにぞものめかしくは聞えける枯れたる楢の柴の落葉は  0980:0965 柴かこふ庵のうちはたびだちてすどほる風もとまらざりけり  0981:0966                     いはイ 谷風は戸を吹きあけて入るものをなにと嵐のまどたゝくらむ  0982:0967 春あさみすゞのまがきに風さえてまだ雪きえぬしがらきの里  0983:0968 みを2 水脈よどむ天の河ぎしなみかけて月をば見るやさぐさみの神  0984:0969 光をばくもらぬつきぞみがきける稻葉にかゝるあさひこの玉  0985:0970 いはれの3 磐余野の萩が絶間のひま/\にこのてがしはの花咲きにけり  0986:0971 ころもで2 衣手にうつりしはなのいろなれやそでほころぶる萩が花ずり  0987:0972 をざさ原葉ずゑの露の玉に似てはしなき山をゆくこゝちする  0988:0973                  むらさめ2 まさきわる飛騨のたくみや出でぬらむ村雨すぎぬ笠取の山  0989:0974 川あひやまきのすそやま石たてる杣人いかにすゞしかるらむ  0990:XXXX            かはかみ2 杣くだすまくにがおくの川上にたつきうつべしこけさ浪よる  0991:0975                       あしがら2 雪とくるしみゝにしだくからさきの道行きにくき足柄の山  0992:0976                        こし1 ねわたしにしるしの竿やたてつらむこひのまちつる越の中山  0993:0977 雲鳥やしこき山路はさておきてをゝちる原の寂しからぬは  0994:0978 ふもとゆく舟人いかに寒からむくま山だけをおろすあらしに  0995:0979 をりかへる波の立つかと見ゆるかな洲さきにきゐる鷺の村鳥  0996:0980         よる1 わづらはで月には夜もかよひけりとなりへつたふあぜの細道  0997:0981 荒れにける澤田の畦にくらゝ生ひて秋待つべくもなきわたりかな  0998:0982     かけひ2 傳ひ來る懸樋をたえずまかすれば山田は水もおもはざりけり  0999:0983 身にしみし荻のおとにはかはれども柴ふくかぜも哀なりけり  1000:0984 小ぜりつむさはの氷のひま絶えて春めきそむるさくら井の里  1001:0985 來る春はみねの霞をさきだてゝ谷のかけひをつたふなりけり  1002:0986 春になる櫻のえだはなにとなく花なけれどもむつまじきかな  1003:0987 空はるゝくもなりけりなよし野山花もてわたる風とみたれば  1004:0988 さらにまた霞にくるゝ山路かな花をたづぬるはるのあけぼの  1005:0989        もイ 雲もかゝれ花とを春は見て過ぎむいづれの山もあだに思はで  1006:0990 雲かゝる山とはわれも思ひいでよ花ゆゑなれしむつび忘れず  1007:0991 山ふかみ霞こめたる柴のいほにこととふものは谷のうぐひす  1008:0994                          え1 すぎて行く羽風なつかし鶯のなづさひけりなうめのたち枝を  1009:0992 鶯はゐなかのたにの巣なれどもだみたる聲はなかぬなりけり  1010:0993 鶯の聲にさとりをうべきかは聞くうれしさもはかなかりけり  1011:0995 山もなき海のおもてにたなびきて波のはなにもまがふしら雲  1012:0996 おなじくばつきのをり咲け山櫻花見るをりのたえまあらせじ  1013:0997 ふる畑のそばのたつ木に居る鳩の友よぶこゑのすごき夕ぐれ  1014:0998         いま1 浪につきて磯わに座す荒神は潮ふむきねを待つにや有るらむ  1015:0999 潮風に伊勢の濱をぎふせばまづほずゑに波のあらたむるかな  1016:1000                           るイ 荒磯の波にそなれてはふ松はみさごのゐるぞたよりなりけり  1017:1001 浦ちかみかれたる松のこずゑには波のおとをや風は借るらむ  1018:1002 あはぢ島せとのなごろは高くともこの潮わだにおし渡らばや  1019:1003 潮路ゆくかこみのともろ心せよまたうづはやきせと渡るなり  1020:1004       はげイ 磯にをる浪のけはしく見ゆるかな沖になごろや高く行くらむ  1021:1005    いぶき2 覺束な膽吹おろしのかぜさきにあさづま舟はあひやしぬらむ  1022:1006    よイ           いぶき2 くれ舟にあさづま渡り今朝なよせそ膽吹の嶽に雪しまくなり  1023:1007               やす2 近江路や野ぢの旅人いそがなむ野洲が原とてとほからぬかは  1024:XXXX 錦をばいく野べこゆる唐櫃にをさめて秋はゆくにぞ有るらむ  1025:1008    おほぬさ2 里人の大幤小ぬさたてなめてむなかたむすぶ野べに成りけり  1026:1009 いたけもるあまみが時に成りにけりえぞが千島を煙こめたり  1027:1010             おびたゞし1 ものゝふのならすすさびは夥あけとのしさりかもの入りくひ  1028:1011 むつのくのおくゆかしくぞおもほゆるつぼの碑文そとの濱風  1029:1012 朝かへるかりゐうなこの村鳥は原のをがやにこゑやしぬらむ  1030:1013 すがるふすこぐれが下の葛まきを吹きうらがへす秋の初かぜ  1031:1014 もろ聲にもりかきみかぞ聞ゆなるいひ合せてや妻をこふらむ  1032:1015 すみれ1 菫さくよこ野のつばな生ひぬればおもひ/\に人かよふなり  1033:1016 紅のいろなりながらたでの穗のからしや人の目にもたてぬは  1034:1017 よもぎふ2 蓬生はさることなれや庭のおもにからす扇のなぞしげるらむ  1035:1018 かり殘すみつの眞菰にかくろひてかげもちがほに鳴く蛙かな  1036:1019 柳はら河かぜふかぬかげならばあつくや蝉のこゑにならまし  1037:1020 ひさぎ生ひてすゞめとなれる影なれや波打つ岸に風渡りつゝ  1038:1021 月のためみさびすゑじとおもひしにみどりにもしく池の浮草  1039:1022               かな1 思ふ亊みあれのしめに引く鈴の協はずばよもならじとぞ思ふ  1040:1023     はまゆふ3                なイ み熊野の濱木綿生ふるうらさびて人なみ/\に年ぞかさぬる  1041:1024 いその上ふるきすみかへ分けいれば庭の淺茅に露ぞこぼるゝ  1042:1025 とほくだすひたのおもてにひくしほは沈む心ぞ悲しかりける  1043:1026 ませにさく花にむつれてとぶ蝶の羨しきもはかなかりけり  1044:1027 うつりゆくいろをば知らず言の葉の名さへあだなる露草の花  1045:1028 風ふけばあだに成りゆく芭蕉葉のあればと身をも頼むべきよか  1046:1029 故郷のよもぎは宿のなになれば荒れゆく庭にまづしげるらむ  1047:1030 ふる郷は見しよにもなくあせにけりいづち昔の人行きにけむ  1048:1031 しぐるるは山めぐりする心かないつまでとのみ打ち萎れつゝ  1049:1032 はら/\と落つる涙ぞ哀なるたまらずものの悲しかるべし  1050:1033 何となくせりと聞くこそ哀なれつみけむ人のこゝろしられて  1051:1034 山人よ吉野のおくにしるべせよ花もたづねむまたおもひあり  1052:1035 わび人のなみだに似たる櫻かな風身にしめばまづこぼれつゝ  1053:1036 吉野山やがて出でじとおもふ身を花ちりなばと人や待つらむ  1054:1037 人も來ずこゝろもちらで山里は花を見るにもたよりありけり  1055:1038 風のおとに思おもふわが色そめて身にしみわたる秋の夕暮  1056:1039 我なれや風をわづらふ篠竹はおきふしもののこゝろぼそくて  1057:1040 來むよにもかゝる月をし見るべくば命ををしむ人なからまし  1058:1041 このよにてながめなれぬる月なれば迷はむ闇も照さゞらめや  1059:1042  八月つきの頃夜ふけて北白川へまかりけるよし  ある樣なる家の侍りけるに琴の音のしければ立                     がく1  ちどまりて聞きけりをり哀に秋風樂と申す樂な    【庭】  りけり底を見いれければ淺茅のつゆに月のやど  れるけしき哀なり垣にそひたる荻の風身にしむ  らむとおぼえて申し入れてとほりけり 秋風のことに身にしむこよひかな月さへすめる宿のけしきに  1060:1043  泉のぬしかくれて跡傳へたる人の許にまかりて  泉に向ひてふるきを思ふといふ亊を人々よみけ  るに すむ人の心くまるゝいづみかなむかしをいかに思ひ出づらむ  1061:1044  友にあひて昔を戀ふるといふことを 今よりはむかしがたりは心せむ怪しきまでにそでしをれけり  1062:1045  秋の末に寂然高野にまゐりて暮の秋によせてお  もひをのべけるに なれ來にし都もうとくなり果てゝかなしさそふる秋の暮かな  1063:1046  あひ知りたりける人のみちのくにへまかりける  に別の歌よむとて 君いなば月まつとてもながめやらむあづまの方の夕暮のそら  1064:1047     りやうぜん2  大原に良暹が住みける所に人々まかりて述懷の  歌よみて妻戸にかきつけける 大原やまだすみがまもならはずといひけむ人を今あらせばや  1065:1048  大覺寺の瀧殿の石ども閑院にうつされて跡もな  くなりたりと聞きて見にまかりたりけるに赤染  がいまにかゝりとよみけむ折おもひ出でられて  哀とおぼえければ詠みける 今だにもかゝりといひし瀧つせのそのをりまでは昔なりけり  1066:1049  深夜水聲といふ亊を高野にて人々よみけるに まぎれつる窓の嵐のこゑとめてふくるとつぐる水の音かな  1067:1050  竹風驚夢 玉みがくつゆぞ枕にちりかゝるゆめおどろかす竹のあらしに  1068:1051  山寺の夕暮といふことを人々よみ侍りけるに 嶺おろす松のあらしの音にまたひゞきをそふるいりあひの鐘  1069:1052  夕暮山路 夕されや檜原のみねを越えゆけばすごくきこゆる山鳩のこゑ  1070:1053  海邊重旅宿といへる亊を なみちかき磯の松が根枕にてうらがなしきはこよひのみかは  1071:1054  俊惠天王寺にこもりて人々ぐして住吉にまゐり  て歌よみけるにぐして すみよしの松が根あらふ波のおとをこずゑにかくる沖つ白波  1072:1055  寂然高野に詣でて立ち歸りて大原よりつかはし  ける へだてこしその年月もあるものをなごりおほかるみねの朝霧  1073:1056  かへし したはれし名殘をこそはながめつれたち歸りにし嶺の朝霧  1074:1057  常よりも道たどらるゝほどに雪深かりける頃高  野へまゐると聞きて中宮大夫のもとよりいつか  都へは出づべきかゝる雪にはいかにと申したり     かへりごと2  ければ返亊に 雪わけてふかき山路にこもりなば年かへりてや君にあふべき  1075:1058  かへし                時忠卿 わけてゆく山路の雪はふかくともとく立ち歸れ年にたぐへて  1076:1059  山ごもりして侍りけるに年をこめて春に成りぬ  と聞きけるからに霞わたりの山川の音日ごろに  も似ずきこえれば かすめども年のうちとはわかぬまに春をつぐなる山川の水  1077:1060  年のうちに春立ちて雨のふりければ 春としもなほおもはれぬ心かな雨ふるとしのこゝちのみして  1078:1061  野に人あまた侍りける何をする人ぞと聞きけれ  ば菜摘むものなりとこたへけるに年のうちに立  ちかはる春のしるしの若菜かさはとおもひて 年ははや月なみかけて越えにけりうべ摘みけらしゑぐの若立  1079:1062  春立つ日よみける なにとなく春になりぬときく日より心にかゝるみよしのの山  1080:1063  正月元日雨ふりけるに いつしかも初春雨ぞふりにける野べの若菜も生ひやしぬらむ  1081:1064  山ふかくすみ侍りけるに春立ちぬと聞きて 山路こそ雪の下みづとけざらめみやこのそらは春めきぬらむ  1082:1065  深山不知春といふ亊を 雪わけて外山が谷のうぐひすはふもとの里に春やつぐらむ  1083:1066  嵯峨にまかりたりけるに雪ふりかゝりけるを見  おきて出でし亊など申しつかはすとて 覺つかな春の日數のふるまゝに嵯峨野の雪は消えやしぬらむ  1084:1067  かへし                靜忍法師 立ち歸り君やとひくとまつ程にまだ消えやらず野べのあは雪  1085:1068  鳴き絶えたりける鶯の住み侍りける谷に聲のし  ければ               たび1 思ひ出でてふる巣にかへる鶯は旅のねぐらや住みうかるらむ  1086:1069  春の月あかゝりけるに花まだしき櫻のえだを風  のゆるがしけるを見て 月見ればかぜに櫻のえだなえて花かとつぐるこゝちこそすれ  1087:1070  國々めぐりまはりて春歸りて吉野の方へまから  んとしけるに人のこの程はいづくにか跡とむべ  きと申しければ 花を見し昔の心あらためて吉野のさとにすまむとぞおもふ  1088:1071  みやたてと申しけるはした物の年高くなりてさ  まかへなどしてゆかりにつきて吉野に住み侍り  けり思ひがけぬやうなれども供養をのべむ料に  とてくだ物を高野の御山へつかはしけるに花と  申すくだ物侍りけるを見て申しつかはしける をりびつに花のくだ物つみてけり吉野の人のみやたてにして  1089:1072  かへし               【み】                いやたて 心ざし深くはこべるみやたてをさとりひらけむ花にたぐへて  1090:1073  櫻に竝びて立てりける柳に花の散りかゝりける  を見て 吹きみだる風になびくと見しほどは花ぞむすべる青柳の糸  1091:1074  寂然紅葉のさかりに高野に詣でて出でにける又  の年の花のをりに申しつかはしける 紅葉見し高野のみねの花ざかりたのめし人のまたるゝやなぞ  1092:1075  かへし                寂然 ともに見し嶺の紅葉のかひなれや花のをりにも思ひいでける  1093:1077  夏【熊】野へ參りけるに岩田と申す所に涼みて下向し  ける人につけて京へ同行に侍りける上人の許へ  遣しける 松が根の岩田のきしの夕すゞみ君があれなとおもほゆるかな  1094:1078  葛城を尋ね侍りけるに折にもあらぬ紅葉の見え  けるを何ぞと問ひければ正木なりと申すを聞き  て かづらきや正木の色はあきに似てよその梢のみどりなるかな  1095:1076  天王寺へまゐりたりけるに松に鷺の居たりける  を月のひかりに見て 庭よりも鷺ゐる松のこずゑにぞゆきはつもれるなつの夜の月  1096:1079  高野より出でたりけると覺堅阿闍梨きかぬさま  なりければ菊を遣すとて くみてなど心かよはゞとはざらむ出でたるものをきくの下水  1097:1080  かへし 谷深く住むかと思ひてとはぬまにうらみをむすぶ菊の下水  1098:1081  旅にまかりけるに入相を聞きて 思へたゞくれぬときゝし鐘の音は都にてだにかなしきものを  1099:1082  秋遠く修行し侍りける程にほど經ける所より侍  從大納言成道のもとへつかはしける 嵐ふくみねの木の葉にともなひていづちうかるゝ心なるらむ  1100:1083  かへし 何となく落つる木の葉も吹く風に散りゆく方は知られやはせぬ  1101:1084  宮の法印高野にこもらせ給ひておぼろげにては  出でじと思ふに修行せまほしき由かたらせ給ひ  けり千日はてゝ御嶽にまゐらせ給ひていひつか  はしける あくがれし心を道のしるべにて雲にともなふ身とぞ成りぬる  1102:1085  かへし 山の端に月すむまじと知られにき心のそらになると見しより  1103:1086  年頃申しなれたりける人にとほく修行するよし  申して罷りたりける名殘おほくて立ちけるに紅  葉のしたりけるを見せまほしくて待ちつるかひ  なくいかにと申しければ木のもとに立ちより詠  みける 心をば深き紅葉の色にそめてわかれて行くや散るになるらむ  1104:1087  駿河の國久能の山寺にて月を見てよみける 涙のみ掻きくらさるゝ旅なれやさやかに見よと月はすめども  1105:1088  題知らず 身にもしみものあらげなるけしきさへ哀をせむる風の音かな  1106:1089 いかでかは音にこゝろのすまざらむ草木もなびく嵐なりけり  1107:1090 松風はいつもときはに身にしめどわきてさびしき夕ぐれの空  1108:1091  遠く修行に思ひ立ち侍りけるに遠行別といふこ  とを人々まうできて詠み侍りしに 程ふればおなじ都の内だにもおぼつかなさは問はまほしきに  1109:1092  年久しく相頼みたりける同行にはなれて遠く修  行して歸らずもやと思ひけるに何となく哀にて  詠みける さだめなしいく年君になれ/\て別をけふはおもふなるらむ  1110:1093  年頃きゝわたりける人に初めて對面申して歸る  朝に 別るともなるゝ思をかさねまし過ぎにしかたの今宵なりせば  1111:1094  修行して伊勢にまかりたりけるに月の頃都おも  ひ出でられて詠みける 都にもたびなる月のかげをこそおなじ雲井のそらに見るらめ  1112:1095  そのかみ心ざし仕うまつりけるならひに世を遁  れて後も賀茂に參りけり年高くなりて四國の方  修行しけるに又歸りまゐらぬ亊もやとて仁安二  年十月十日の夜參りて幣まゐらせけり内へもま  ゐらぬ亊なればたなうの社に取りつぎて參らせ  給へとて心ざしけるに木の間の月ほの%\と常  よりも神さび哀におぼえて詠みける かしこまるしでに涙のかゝるかなまたいつかはと思ふ心に  1113:1096  播磨の書寫へまゐるとて野中の清水を見ける亊  ひとむかしに成りにける年へて後修行すとて通  りけるに同じさまにてかはらざりければ 昔見し野中の清水かはらねばわがかげをもやおもひいづらむ  1114:XXXX  天王寺へまゐりけるに交野など申すわたり過ぎ  て見はるかされたる所の侍りけるを問ひければ  天の川と申すを聞きて宿からむといひけむこと  思ひ出されて詠みける あくがれし天の河原ときくからに昔のなみのそでにかゝれる  1115:1097  四國の方へぐして罷りたりける同行の都へ歸り  けるに かへりゆく人のこゝろを思ふにもはなれがたきは都なりけり  1116:1098  ひとり見おきて歸りまかりなむずるこそ哀にい  つか都へはかへるべきなど申しければ 柴の庵のしばし都へ歸らじとおもはむだにもあはれなるべし  1117:1099  旅の歌よみけるに 草枕たびなるそでにおく露をみやこの人やゆめに見るらむ  1118:1100 きこえつる都へだつる山さへにはては霞に消えにけるかな  1119:1101 わたの原はるかになみをへだて來て都にいでし月を見るかな  1120:1102 わたのはら波にもつきはかくれけり都の山をなにいとひけむ  1121:1103  西の國のかたへ修行してまかり侍るとてみづ野  と申す所にぐしならひたる同行の侍りけるに親  しきものの例ならぬこと侍るとてぐせざりけれ  ば 山城のみづのみ草につながれて駒ものうげに見ゆるたびかな  1122:1104  大峯のしんせんと申す所にて月を見て詠みける  を 深き山にすみける月を見ざりせば思出もなきわが身ならまし  1123:1105 嶺の上もおなじ月こそてらすらめ所がらなるあはれなるべし  1124:1106 月すめば谷こそくもはしづむめれ嶺吹きはらふ風にしかれて  1125:1107  をばすての嶺と申す所の見わたされて思ひなし  にや月ことに見えければ 姨捨は信濃ならねどいづくにも月すむ嶺の名にこそありけれ  1126:1108  小池と申すすくにて いかにして梢の隙をもとめえてこいけにこよひ月のすむらむ  1127:1109  さゝのすくにて 庵さす草のまくらにともなひてさゝのつゆにもやどる月かな  1128:1110  へいちと申す宿にて月を見けるに梢の露のたも  とにかゝりければ こずゑなる月もあはれをおもふべし光にぐして露のこぼるゝ  1129:1111  あづまやと申す所にて時雨の後月を見て 神無月時雨はるればあづまやのみねにぞ月はむねとすみける  1130:1112 かみな月たににぞ雲はしぐるめる月すむみねは秋にかはらで  1131:1113  ふるやと申す宿にて 神無月しぐれふるやにすむ月はくもらぬ影もたのまれぬかな  1132:1114  行尊僧正なり  【卒】  平等院の名かゝれる率塔婆に紅葉の散りかゝり  ける見て花より外のとありけむ人ぞかしとあは  れに覺えて詠みける 哀とも花見しみねに名をとめて紅葉ぞけふはともに散りける  1133:1115  ちくさのたけにて わけてゆく色のみならず梢さへちくさのたけは心そみけり  1134:1116  ありのと渡と申す所にて さゝふかみきりこすくきを朝立ちてなびきわづらふ蟻の門渡  1135:1117                   すく1  行者がへりちごのとまりにつゞきたる宿なり春  の山伏はびやうぶだてと申す所をたひらかに過  ぎむことをかたく思ひて行者ちごのとまりにて  も思ひ煩ふなるべし 屏風にや心を立てゝおもひけむ行者はかへりちごはとまりぬ  1136:1118  三重の瀧をがみけるに殊にたふとく覺えて三業  の罪もすゝがるゝ心地してければ 身につもることばの罪もあらはれて心すみぬる三かさねの瀧  1137:1119  轉法輪の嶽と申す所にて釋迦の説法の座の石と  申す所ををがみて      のり1        さとり1 こゝこそは法とかれたる所よと聞く悟をもえつるけふかな  1138:1120  修行して遠くまかりけるをり人の思ひへだてた  るやうなる亊の侍りければ よしさらば幾重ともなく山越えてやがても人に隔てられなむ  1139:1121  思はずなる亊思ひたつよしきこえける人のもと  へ高野よりいひつかはしける しをりせでなほ山ふかく分けいらむうき亊きかぬ所ありやと  1140:1122  しほ湯にまかりけるにぐしたりける人九月つも  ごりにさきへ上りければつかはしける人にかは  りて 秋はくれ君は都へかへりなばあはれなるべきたびのそらかな  1141:1123  かへし                大宮の女房加賀 君をおきて立ちいづる空の露けさは秋さへくるゝ旅の悲しさ  1142:1124  鹽湯いでて京へ歸りまうで來て故郷の花霜がれ  にける哀なりけりいそぎ歸りし人のもとへまた  かはりて 露おきし庭の小萩もかれにけりいづちみやこに秋とまるらむ  1143:1125  かへし                おなじ人                     ふなで2 慕ふ秋は露もとまらぬ都へとなどていそぎし舟出なるらむ  1144:1126  みちのくにへ修行してまかりけるに白川の關に  とまりて所がらにや常よりも月おもしろく哀に  て能因が秋風ぞふくと申しけむをりいつなりけ  むと思ひ出でられて名殘おほくおぼえければ關  屋の柱に書きつけける しらかはの關屋をつきのもるかげは人の心をとむるなりけり  1145:1127  さきにいりてしのぶと申すわたりあらぬ世のこ  とにおぼえて哀なり都出でし日數思ひつゞけら  れて霞とともにと侍ることの跡たどるまで來に  ける心ひとつに思ひしられて詠みける 都いでてあふ坂こえしをりまでは心かすめししらかはのせき  1146:1128  たけくま2  武隈の松も昔になりたりけれども跡をだにとて  見にまかりて詠みける 枯れにける松なき宿の武隈はみきといひてもかひなからまし  1147:1129  ふりたる棚橋を紅葉のうづみたりけるわたりに  ぐしてやすらはれて人に尋ねければおもはくの  はしと申すはこれなりと申しけるを聞きて ふまゝうき紅葉の錦ちりしきて人もかよはぬおもはくのはし  信夫の里よりおくに二日ばかりいりてあり  1148:1133  下野國にて柴の煙を見てよみける 都近き小野おほ原をおもひいづるしばのけぶりの哀なるかな  1149:1130  名取川を渡りけるに岸の紅葉のかげを見て 名取川きしの紅葉のうつるかげはおなじ錦をそこにさへしく  1150:1131  十月十二日平泉にまかりつきたりけるに雪ふり                     ころもがは2  嵐はげしく殊の外にあれたりけるいつしか衣川  見まほしくて罷り向ひて見けり川の岸につきて  衣川の城しまはしたる亊柄やうかはりて物を見  る心ちしけり汀こほりてとり分けさびければ とりわきて心もしみてさえぞわたる衣川見にきたるけふしも  1151:1132  又の年の三月に出羽國にこえてたきの山と申す  山寺に侍りける櫻の常よりも薄紅の色こき花に  て竝み立てりけるを寺の人々も見興じければ たぐひなきおもひいではのさくらかなうす紅の花のにほひは  1152:1134  おなじ旅にて 風あらき柴のいほりは常よりもねざめぞものは悲しかりける  1153:1135  明石に人をまちて日數へにけるに 何となく都のかたときく空はむつましくてぞながめられける  1154:1136  新院讚岐におはしましけるに便に付けて女房の  許より 水莖のかきながすべきかたぞなき心のうちは汲みてしるらむ  1155:1137  かへし ほどとほみかよふ心のゆくばかりなほかきながせ水莖のあと  1156:1138  又女房つかはしける いとゞしくうきにつけても頼むかな契りし道のしるべ違ふな  1157:1139 かゝりける涙に沈む身のうさを君ならでまた誰かうかべむ  1158:1140  かへし 頼むらむしるべもいざやひとつ世の別にだにも迷ふこゝろは  1159:1141 流れ出づる涙に今日はしづむともうかばむ末を猶おもはなむ  1160:1142  遠く修行することありけるに菩薩院の前齋宮に  まゐりたりけるに人々わかれの歌つかうまつり  けるに さりともとなほあふことを頼むかな死出の山路をこえぬ別は  1161:1143  同じ折壺の櫻の散りけるを見て斯くなむ覺え侍  ると申しける この春は君に別のをしきかなはなのゆくへはおもひわすれて  1162:1144  かへしせよと承りて扇にかきてさしいでける                女房六角局 君がいなむ形見にすべき櫻さへなごりあらせず風さそふなり  1163:1145  西國へ修行してまかりける折小島と申す所に八  幡のいはゝれ給ひたりけるに籠りたりけり年へ  て又その社を見けるに松どもの古木になりたり  けるを見て       おいき2 昔見しまつは老木になりにけりわが年へたるほども知られて  1164:1146  山里にまかりて侍りけるに竹の風の荻にまがひ  て聞えければ 竹の音も荻吹く風のすくなきに加へて聞けばやさしかりけり  1165:1147  世をのがれて嵯峨に住みける人のもとにまかり  て後の世のことおこたらずつとむべきよし申し  て歸りけるに竹の柱をたてたりける見て よゝふとも竹のはしらの一筋にたてたるふしはかはらざらなむ  1166:1148  題しらず あはれたゞ草の庵のさびしきはかぜよりほかにとふ人ぞなき  1167:1149 哀なりより/\しらぬ野の末にかせぎを友に馴るゝすみかは  1168:1150  高野にこもりたる人を京より何亊かまたいつか  出づべきと申したる由聞きてその人にかはりて 山水のいつ出づべしとおもはねば心ぼそくてすむと知らずや  1169:1151  松のたえ間より僅に月のかげろひて見えけるを  見て かげうすみ松のたえまをもりきつゝ心ぼそくや三日月のそら  1170:XXXX  松の木のまより僅に月のかげろひけるを見て月  をいたゞきて道をゆくといふ亊を くみてこそ心すむらめしづの女がいたゞく水にやどる月かげ  1171:1152  木蔭の納涼といふ亊を人々よみけるに けふもまた松の風ふく岡へゆかむ昨日すゞみし友にあふやと  1172:1153  入日影かくれけるまゝに月の窓にさしいりけれ  ば さしきつる窓のいり日をあらためて光をかふるゆふ月夜かな  1173:1154  月蝕を題にて歌よみけるに 忌むと言ひて影にあたらぬ今宵しもわれて月見る名や立ちぬらむ  1174:1155  寂然入道大原に住みけるにつかはしける 大原は比良の高根のちかければ雪ふるほどをおもひこそやれ  1175:1156  かへし 思へたゞ都にてだにそでさえし比良のたかねの雪のけしきは  1176:1157  高野の奧の院の橋の上にて月あかゝりければも  ろともにながめあかしてその頃西住上人京へ出  でにけりその夜の月忘れがたくて又おなじ橋の  月の頃西住上人のもとへいひつかはしける 亊となく君戀ひわたる橋の上にあらそふものは月のかげのみ  1177:1158  かへし                西住上人 思ひやる心は見えで橋の上にあらそひけりな月のかげのみ  1178:1159  忍西入道西山の麓に住みけるに秋の花いかに面  白からむとゆかしうと申し遣しける返亊に色々  の花を折り集めて 鹿の音や心ならねばとまるらむさらでは野べを皆見するかな  1179:1160  かへし 鹿のたつ野べの錦のきりはしはのこりおほかる心ちこそすれ  1180:1161  人あまたして一人に隱してあらぬさまにいひなしける  亊の侍りけるを聞きてよめる 一筋にいかで杣木のそろひけむいつよりつくる心だくみに  1181:1162  陰陽頭に侍りけるものにある所のはしたもの物  申しけりいと思ふやうにもなかりければ六月晦  日につかはしけるにかはりて 我がためにつらき心を水無月の手づからやがて祓ひすてなむ  1182:1163  ゆかりありける人の新院の勘當なりけるをゆる  し給ふべきよし申しいれたりける御返亊に もがみがは2 最上川綱手ひくともいな舟のしばしがほどはいかりおろさむ  1183:1164  御返亊奉りけり つよくひく綱手と見せよ最上川そのいな舟のいかりをさめて  かく申したりければ許し給ひてけり  1184:1165  屏風の繪を人々よみけるに海のきはにをさなき  いやしき者のある所を いそなつむあまのさをとめ心せよ沖ふく風になみたかくなる  1185:1166  おなじ繪に苫のうちに人のねおどろきたる所に いそによるなみに心のあらはれてねざめがちなる苫屋形かな  1186:1167  庚申の夜ぐしくはゝりて歌よみけるに古今後撰  拾遺是を梅櫻山吹によせたる題をとりてよみけ  る  古今梅によす         ・・ くれなゐの色こきむめを折る人の袖には深き香やとまるらむ  1187:1168  後撰さくらによす        ・・・ 春かぜのふきおこせんに櫻花となりくるしくぬしやおもはむ  1188:1169  拾遺山吹によす                ・・・ 山吹の花咲く井出のさとこそはやしうゐたりと思はざらなむ  1189:1170  祝 ひまもなくふりくる雨の足よりも數かぎりなき君が御代かな  1190:1171 千代ふべき物をさながらあつむとも君が齡をしらむものかは  1191:1172 苔うづむゆるがぬ岩のふかき根は君が千歳をかためたるべし  1192:1173 むれ立ちて雲井にたづの聲すなり君がちとせや空に見ゆらむ  1193:1174                        すイ 澤べより巣立はじむる鶴の子は松のしたにやうつりそむらむ  1194:1175                   【ぬ】 大海のしほ干て山になるまでに君はかはらね君にましませ  1195:1176 君が代のためしになにを思はましかはらぬ松の色なかりせば  1196:1177 君が代は天つ空なる星なれやかずもしられぬこゝちのみして  1197:1178 ひかりさす三笠の山のあさ日こそげに萬代のためしなりけれ  1198:1179 萬代のためしにひかむかめ山のすそ野のはらにしげる小松を  1199:1180 かずかくる波にしづえの色そめて神さびまさるすみの江の松  1200:1181 若葉さす平野の松はさらにまたえだに八千代の數をそふらむ  1201:1182 竹の色も君が緑にそめられていく世ともなくひさしかるべし  1202:1183  うまごまうけて悦びける人のもとへいひ遣しけ  る 千代ふべき二葉の松の生ひさきを見る人いかに嬉しかるらむ  1203:1184  五葉の下に二葉なる小松どもの侍りけるを子日  にあたりける日をりびつに引き植ゑてつかはす  とて 君がためごえふの子日しつるかな度々千代をふべきしるしに  1204:1185  たゞの松ひきそへてこの松の思ふ亊申すべくな  むとて 子日する野べのわれこそ主なるをごえふなしとて引く人のなき  1205:1186  世につかへぬべきやうなるゆかりあまたありけ  る人のさもなかりける亊を思ひて清水に年越に  こもりたりけるにつかはしける         までイ この春はえだ/\ごとに榮ゆべし枯れたる木だに花は咲くめり  1206:1187  是もぐして あはれびの深き誓にたのもしき清きながれの底くまれつゝ  1207:1188  八條院の宮と申しけるをり白河殿にて蟲合せら  れけるにかはりて蟲入りてとり出しける物に水  に月のうたつりたるよしをつくりてその心を詠  みける ゆくすゑの名にやながれむ常よりも月すみわたる白川の水  1208:1189  二條院  内に貝合せむとせさせ給ひけるに人にかはりて 風たゝでなみををさむる浦々に小貝をむれてひろふなりけり  1209:1190 難波がた汐干にむれて出でたゝむしら洲の崎の小貝ひろひに  1210:1191 風ふけば花さくなみのをるたびにさくら貝よる三島江のうら  1211:1192 波あらふころものうらの袖貝をみぎはに風のたゝみおくかな  1212:1193             すだれがひ2 波かくるふきあけのはまの箔貝風もておろすいそにひろはむ  1213:1194 汐そむるますをの小貝拾ふとて色の濱とはいふにや有るらむ  1214:1195       とまり1 波よする竹の泊のすゞめがひうれしき世にもあひにけるかな  1215:1196 波よするしらゝの濱のからす貝拾ひやすくもおもほゆるかな  1216:1197 かひありな君が御袖におほはれて心にあはぬことしなき世は  1217:1198  入道寂然大原に住み侍りけるに高野よりつかは  しける 山ふかみさこそあらめときこえつゝおとあはれなる谷川の水  1218:1199 山ふかみ槇の葉わくる月影ははげしきもののすごきなりけり  1219:1200           【?】         はじ1                         たちえ2 山ふかみ窓のつれ%\といふものは色づきそむる櫨の立枝ぞ  1220:1201 山ふかみ苔のむしろのうへに居てなに心なく鳴くましらかな  1221:1202               かずイ 山ふかみ岩にしたゝる水とめむかつ/\おつるとちひろふ程  1222:1203 山ふかみけぢかき鳥のおとはせでもの恐しきふくろふのこゑ  1223:1204 山ふかみこぐらき嶺の梢よりもの/\しくもわたるあらしか  1224:1205 山ふかみほだきるなりときこゑつゝ所にぎはふ斧のおとかな  1225:1206 山ふかみいりて見と見る物はみな哀もよほすけしきなるかな  1226:1207 山ふかみ馴るゝかせぎのけ近さに世に遠ざかる程ぞ知らるゝ  1227:1208  かへし                寂然 あはれさはかうやと君もおもひしれあき暮れがたの大原の里  1228:1209 ひとりすむおぼろの清水ともとてはつきをぞすます大原の里  1229:1210 炭がまのたなびくけぶりひとすぢにこゝろぼそきは大原の里  1230:1211 なにとなくつゆぞこぼるゝ秋の田のひたひきならす大原の里  1231:1212 水のおとはまくらにおつる心地してねざめがちなる大原の里  1232:1213 あだにふく草のいほりのあはれよりそでにつゆおく大原の里  1233:1214 山かぜにみねのさゝぐりはら/\とにはにおちしく大原の里  1234:1215 ますらをがつま木にあけびさしそへて暮るれば歸る大原の里  1235:1216 むぐらはふかどは木の葉にうづもれて人もさし來ぬ大原の里  1236:1217 もろともにあきも山路もふかければしかぞかなしき大原の里  1237:XXXX  神樂に星を ふけて出づるみ山もみねのあか星は月待ちえたる心地こそすれ  1238:1218  承安元年六月一日院熊野へまゐらせ給ひけるつ  いでに住吉に御幸ありけり修行しめぐりて三日                   【衍カ】  の社に詣でたりけるにすみの江あたらししくた  てたりけるを見て後三條院の御幸神も思ひいで  給ふらむと覺えてよめる        みゆき2 絶えたりし君が御幸を待ちつけて神いかばかり嬉しかるらむ  1239:1219    しづえ2  松の下枝を洗ひけむ浪いにしへにかはらずやと  覺えて        しづえ2 いにしへの松の下枝をあらひけむなみを心にかけてこそ見れ  1240:1220  齋院おはしまさぬころにて祭のかへさもなかり  ければ紫野をとほるとて  【色】 紫の花なきころの野べなれやかたまほりにてかけぬあふひは  1241:1221  北まつりの頃賀茂にまゐりたりけるにをりうれ  しくてまたるゝほどに使まゐりたりはし殿につ   【へ】  きてついふし拜まるゝまではさることにて舞人  のけしきふるまひ見し世の亊ともおぼえず東遊      べいじう2  に琴うつ陪從もなかりけりさこそすゑの世なら  め神いかに見給ふらむとはづかしき心地してよ  み侍りける 神の代も變りにけりと見ゆるかなそのことわざのあらずなるにも  1242:1222         みたらし3  ふけゆくまゝに御手洗の音神さびてきこえけれ  ば 御手洗の流はいつもかはらぬを末にしなればあさましの世や  1243:1223  伊勢にまかりたりけるに太神宮にまゐりて詠み  ける 榊葉にこゝろをかけむ木綿しでて思へば神もほとけなりけり  1244:1224  齋院おりさせ給ひて本院の前を過ぎけるに人の  うちへ入りければゆかしうおぼえてぐして見ま  はりけるにかくやありけむとあはれに覺えてお  りておはしますところへ宣旨の局のもとへ申し  つかはしける 君すまぬ御うちはあれてありす川いむ姿をもうつしつるかな  1245:1225  かへし 思ひきやいみこし人のつてにして馴れし御うちをきかむ物とは  1246:1226                    こ1  伊勢に齋王おはしまさで年へにけり齋宮木だち  ばかりさかと見えてついがきもなきやうになり  けるを見て      いつき1 いつかまた齋の宮のいつかれてしめのみうちに塵をはらはむ  1247:1227            【院】  世の中に大亊出で來て新なあらぬさまにならせ  おはしまして御ぐしおろして仁和寺の北院にお  はしましけるに參りてけんげん阿闍梨出であひ  たり月あかくて詠みける かゝるよに影も變らずすむ月を見る我が身さへ恨めしきかな  1248:1228  讚岐へおはしまして後歌といふことのよにいと  きこえざりければ寂然がもとへいひつかはしけ  る ことの葉の情絶えにし折ふしにありあふ身こそ悲しかりけれ  1249:1229  かへし                寂然 しきしまや絶えぬる道になく/\も君とのみこそ跡を忍ばめ  1250:1230  讚岐にて御心引きかへて後の世の亊御つとめ隙  なくせさせおはしますと聞きて女房の許へ申し  ける此文をかきて若人不嗔打以何修忍辱 世の中をそむく便やなからましうきをりふしに君があはずば  1251:1231  是もついでに具してまゐらせける           むくい1 淺ましやいかなる故の報にてかゝる亊しもある世なるらむ  1252:1232 ながらへて終に住むべき都かはこの世はよしやとてもかくても  1253:1233 まぼろし1 幻の夢をうつゝに見る人は目もあはせでやよをあかすらむ  1254:1234  かくて後人のまゐりけるに その日よりおつる涙をかたみにておもひ忘るゝ時のまぞなき  1255:1235  かへし                女房 めの前にかはり果てにし世のうきに涙を君もながしけるかな  1256:1236                はちす1 松山のなみだは海にふかくなりて蓮の池に入れよとぞおもふ  1257:1237 波のたつ心の水を沈めつゝ咲かむはちすをいまは待つかな  1258:1238  老人述懷といふ亊を人々よみけるに 山ふかみつゑにすがりている人の心のそこのはづかしきかな  1259:1239  左京大夫俊成歌あつめらるゝと聞きて歌つかは  すとて 花ならぬ言の葉なれどおのづから色もやあると君ひろはなむ  1260:1240  かへし                俊成 世をすてゝいりにし道の言の葉ぞ哀もふかきいろは見えける  1261:1241  戀百十首 思ひあまりいひいでてこそ池水のふかき心の色は知られめ  1262:1242      しかま2 なき名こそ飾磨の市に立ちにけれまだあひそめぬ戀する物を  1263:1243 つゝめども涙の色にあらはれてしのぶおもひは袖よりぞちる  1264:1244 わりなしや我も人目をつゝむまに強ひてもいはぬ心づくしは  1265:1245 なか/\に忍ぶけしきやしるからむかゝる思に習ひなき身は  1266:1246 けしき2 氣色をばあやめて人の咎むとも打ち任せてはいはじとぞ思ふ  1267:1247 心にはしのぶとおもふかひもなくしるきはこひの涙なりけり  1268:1248 色に出でていつより物は思ふぞと問ふ人あらばいかゞ答へむ  1269:1249 逢ふ亊のなくて止みぬる物ならば今見よ世にもありやはつると  1270:1250 うき身とて忍ばゝ戀の忍ばれて人の名たてになりもこそすれ  1271:1251 みさをなる涙なりせば唐ころもかけても人に知られましやは  1272:1252           つく1 歎き餘り筆のすさびに盡せども思ふばかりはかゝれざりけり  1273:1253 我が歎く心のうちのくるしきをなにとたとへて君にしられむ  1274:1254 今はたゞしのぶ心ぞつゝまれぬなげかば人やおもひしるとて  1275:1255 心にはふかくしめども梅の花をらぬにほひはかひなかりけり  1276:1256 さりとよとほのかに人を見つれども覺めぬは夢の心地こそすれ  1277:1257 消えかへり暮まつ袖ぞしをれぬるおきつる人は露ならねども  1278:1258 いかにせむその五月雨の名殘よりやがてをやまぬそでの雫を  1279:1259 さるほどの契はなににありながら行かぬ心のくるしきやなぞ  1280:1260 今はさは覺めぬを夢になし果てゝ人に語らでやみねとぞ思ふ  1281:1261                  うつりが2 折る人の手にはたまらでうめの花誰が移香にならむとすらむ  1282:1262 うたたね2 轉寐の夢をいとひし床の上の今朝いかばかり起きうかるらむ  1283:1263 ひきかへて嬉しかるらむ心にもうかりしことを忘れざらなむ  1284:1264 棚機はあふをうれしとおもふらむ我れは別のうきこよひかな  1285:1265       そ1 同じくは咲き初めしよりしめおきて人に折られぬ花と思はむ  1286:1266 朝露にぬれにし袖をほす程にやがて夕だつわが涙かな  1287:1267 待ちかねて夢に見ゆやとまどろめばねざめすゝむる荻の上風  1288:1268 つゝめども人しるこひや大井川ゐぜきのひまをくゞるしら波  1289:1269 あふまでの命もがなとおもひしはくやしかりけるわが心かな  1290:1270 今よりはあはでものをば思ふとも後うき人に身をばまかせじ  1291:1271 いつかはと答へむ亊もねたきかな思もしらず恨みきかせよ  1292:1272 袖の上の人目しられしをりまではみさをなりけるわが涙かな  1293:1273 あやにくに人めもしらぬ涙かなたえぬこゝろに忍ぶかひなく  1294:1274 荻の音はものおもふ我に何なればこぼるゝ露に袖のしをるゝ  1295:1275 草しげみさはにぬはれてふす鴫のいかによそたつひとの心ぞ  1296:1276 哀とて人の心のなさけあれなかずならぬにはよらぬなさけを  1297:1277 いかにせむうき名をよゝにたて果てゝ思もしらぬ人のこゝろを  1298:1278 忘られむことをかさねて思ひにきなどおどろかす涙なるらむ  1299:1279 問れぬもとはぬ心のつれなさもうきはかはらぬ心地こそすれ  1300:1280 つらからむ人故身をば恨みじと思ひしかどもかなはざりけり  1301:1281 今さらになにかは人もとがむべきはじめてぬるゝ袂ならねば  1302:1282 わりなしな袖になげきのみつまゝに命をのみも厭ふこゝろは  1303:1283 いろふかき涙の川のみなかみは人をわすれぬこゝろなりけり  1304:1284             しきたえ2 待ちかねてひとりはふせど敷妙の枕ならぶるあらましぞする  1305:1285 とへかしななさけは人の身の爲をうきものとても心やはある  1306:1286 言の葉の霜枯にしにおもひにき露のなさけもかゝらましかば  1307:1287 夜もすがらうらみを袖にたゝふれば枕に波のおとぞきこゆる  1308:1288 ながらへて人のまことを見るべきに戀に命のたへむものかは  1309:1289 頼めおきしそのいひ亊やあだになりし波こえぬべき末の松山  1310:1290 河の瀬によに消えぬべきうたかたの命をなぞや君がたのむる  1311:1291 かりそめにおく露とこそ思ひしかあきにあひぬるわが袂かな  1312:1292 おのづからありへばとこそ思ひつれ頼みなくなる我が命かな  1313:1293 身をも厭ひ人のつらさも歎かれて思ひ數ある頃にもあるかな  1314:1294 菅の根の長くものをば思はじとたむけし神にいのりしものを  1315:1295 打ちとけてまどろまばやと唐衣よな/\返すかひもあるべき  1316:1296 我がつらき亊をやなさむおのづから人目をおもふ心ありやと  1317:1297 言とへばもてはなれたるけしきかなうらゝかなれや人の心の  1318:1298 もの思ふ袖になげきのたけ見えてしのぶ知らぬは涙なりけり  1319:1299 草の葉にあらぬたもとにものおもへば袖に露おく秋の夕ぐれ  1320:1300 あふことのなき病にて戀ひしなばさすがに人や哀とおもはむ  1321:1301 いかにぞやいひやりたりし方もなくものを思ひて過ぐる頃かな  1322:1302                もろこし2 我ばかりもの思ふ人や又もあると唐土までも尋ねてしがな  1323:1303           ちぎり1 君に我いかばかりなる契ありてまなくもものを思ひそめけむ  1324:1304 さらぬだにもとの思のたゝぬまになげきを人のそふるなりけり  1325:1305 我のみぞ我が心をばいとほしむあはれむ人のなきにつけても  1326:1306 恨みじとおもふ我さへつらきかなとはで過ぎぬる心づよさを  1327:1307 いつとなきおもひは不二の煙にておきふすとこやうき島が原  1328:1308 これもみな昔の亊といひながらなどもの思ふちぎりなりけむ  1329:1309 などか我つらき人ゆゑものを思ふ契をしもはむすびおきけむ  1330:1310 紅にあらぬたもとの濃き色はこがれてものをおもふなみだか  1331:1311 せきかねてさはとてながす瀧つ瀬にわくしら玉は涙なりけり  1332:1312 歎かじとつゝみし頃は涙だにうちまかせたるこゝちやはせし  1333:1314 ながめこそうき身の癖となり果てゝ夕暮ならぬ折もわかれぬ  1334:1313 今はわれ戀せむ人をとぶらはむ世にうき亊と思ひ知られぬ  1335:1315 思へども思ふかひこそなかりけれおもひも知らぬ人を思へば  1336:1316             きぬ1 あやひねるさゝめのこみの衣にきむ涙の雨をしのぎがてらに  1337:1317 なぞもかくこと新しく人のとふわがもの思はふりにしものを  1338:1318 しなばやななに思ふらむ後の世も戀はよにうき亊とこそ聞け  1339:1319 わりなしやいつをおもひの果にして月日を送る我が身なるらむ  1340:1320        にイ  さイ いとほしやさらば心のをまなびてたまぎれらるゝ戀もするかな  1341:1321 君慕ふ心のうちはちごめきてなみだもろにもなるわが身かな  1342:1322 なつかしき君が心のいろをいかで露もちらさで袖につゝまむ  1343:1323 幾程もながらふまじき世の中にものを思はでふるよしもがな  1344:1324 いつかわが塵つむ床を拂ひあけて來むと頼めむ人を待つべき  1345:1325 よだけたつ袖にたぐへてしのぶかな袂の瀧に落つるなみだを  1346:1326 うきによりつひに朽ちぬるわが袖を心づくしになに忍びけむ  1347:1327 心から心にものをおもはせて身をくるしむるわが身なりけり  1348:1328   【着】 ひとり著て我が身にまとふ唐衣しほ/\とこそなき濡さるれ  1349:1329 いひ立ててうらみばいかにつらからむ思へばうしや人の心は  1350:1330 なげかるゝ心の中のくるしさを人のしらばやきみにかたらむ  1351:1331 人知れぬなみだに咽ぶ夕暮はひきかつぎてぞうちふされける  1352:1332 おもひきやかゝる戀路に入り初めてよぐ方もなき歎せむとは  1353:1333                          がけみち2 あやふさに人目ぞつねによがれける岩のかどふむほきの崖道  1354:1334 知らざりき身に餘りたるなげきして隙なく袖を絞るべしとは  1355:1335 吹く風に露もたまらぬ葛の葉のうらがへれとは君をこそ思へ  1356:1336 我からと藻にすむ蟲の名にしおへば人をば更に恨みやはする  1357:1337             うつせみ2                わがイ むなしくてやみぬべきかな空蝉の此身からにて思ふなげきは  1358:1338 包めども袖より外にこぼれ出でてうしろめたきは涙なりけり  1359:1339          るべきイ わがなみだうたがはれぬる心かな故なく袖のしをるべきかは  1360:1340 さる亊のあるべきかはと忍ばれて心いつまでみさをなるらむ  1361:1341                     らイ とりのくし思ひもかけぬ露はらひあなくしたるのわが心かな  1362:1342           きイ 君にそむ心の色のふかさにはにほひもさらに見えぬなりけり  1363:1343                         けしき2 さもこそは人目思はずなりはてめあなさまにくの袖の氣色や  1364:1344 かつすゝぐ澤の小芹の根を白みきよげにものを思はするかな  1365:1345 いかさまに思ひ續けてうらみまし一重につらき君ならなくに  1366:1346 恨みても慰めてましなか/\につらくて人のあはぬと思へば  1367:1347 うちたえて君にあふ人いかなれやわが身も同じ世にこそはふれ  1368:1348 とにかくに厭はまほしき世なれども君がすむにも引かれぬるかな  1369:1349 何亊につけてか世をばいとはましうかりし人ぞ今はうれしき  1370:1350 逢ふとみし其夜の夢のさめであれな長き眠はうかるべけれど  この歌題もまた人にかはりたることゞももあり  けれどかゝずこのうたども山里なる人の語るに  したがひて書きたるなりさればひがごとどもや  昔今の亊取りあつめたればときをりふしたがひ  たることどもも  1371:1351  此の集を見て返しけるに                院少納言の局 まきごとに玉のこゑせし玉章のたぐひは又もありけるものを  1372:1352  かへし よしさらば光なくとも玉といひて詞のちりは君みがかなむ  1373:1353  讚岐にまうでて松山と申す所に院おはしけむ御  跡尋ねけれどもかたもなかりければ 松山の波にながれてこし舟のやがてむなしくなりにけるかな  1374:1354 松山の波のけしきはかはらじをかたなく君はなりましにけり  1375:1355  白峯と申す所に御墓の侍りけるにまゐりて よしや君むかしの玉の床とてもかゝらむのちは何にかはせむ  1376:1356  おなじ國に大師のおはしましける御あたりの山  に庵むすびて住みけるに月いとあかくて海の方  くもりなく見え侍りければ くもりなき山にて海の月見れば島ぞこほりの絶間なりける  1377:1357  住みけるまゝに庵いとあはれに覺えて 今よりは厭はじ命あればこそかゝるすまひのあはれをも知れ  1378:1358  庵の前に松のたてりけるを見て ひさにへてわが後の世をとへよ松跡したふべき人もなき身ぞ  1379:1359 こゝをまた我すみうくてうかれなば松は獨にならむとすらむ  1380:1360  雪のふりけるに 松の下は雪ふるをりのいろなれや皆しろたへに見ゆる山路に  1381:1361 雪つみて木もわかずさく花なれば常磐の松も見えぬなりけり  1382:1362 花と見るこずゑの雪に月さえてたとへむ方もなきこゝちする  1383:1363 まがふ色は梅とのみ見て過ぎ行くに雪の花には香ぞなかりける  1384:1364 折しもあれ嬉しく雪のうづむかな來こもりなむと思ふ山路を  1385:1365 なか/\に谷の細道うづめゆきありとて人のかよふべきかは  1386:1366       すだれ1 谷の庵に玉の簾をかけましやすがるたるひののきを閉ぢずば  1387:1367            をしき2  花まゐらせける折しも折敷に霰のふりかゝりけ  れば しきみおくあかの折敷にふちなくばなにに霰の玉とならまし  1388:1369  大師のうまれさせ給ひたる所とてめぐりしまは  してそのしるしの松のたてりけるを見て 哀なり同じ野山にたてる木のかゝるしるしのちぎりありけり  1389:1368 岩にせくあか井の水のわりなきはこゝろすめとも宿る月かな  1390:1370  又ある本に曼陀羅寺の行道どころへのぼるは世  の大亊にて手をたてたるやうなり大師の御經か  きてうづませおはしましたる山の嶺なりはうの  卒塔婆一丈ばかりなる壇つきてたてられたりそ  れへ日毎にのぼらせおはしまして行道しおはし  ましけると申し傳へたりめぐり行道すべきやう  にだんも二重につきまはされたりのぼるほどの  あやふさことに大亊なりかまへてはひまはりつ  きて          ちぎり1 めぐりあはむことの契ぞたのもしききびしき山のちかひ見るにも  1391:1371  やがてそれが上は大師の御師にあひまゐらせさ                   【か】                   【そ】  せおはしましたる嶺なりわかはいしさとうの山  をば申すなりその邊の人はわかいしとぞ申しな  らひたる山文字をばすてて申さず又筆の山とも  なづけたり遠くて見れば筆に似てまろ/\と山   の嶺のさきのとがりたるやうなるを申しならは  したるなめり行道ところよりかまへてかきつき  登りて嶺に參りたれば師にあはせおはしました  る所のしるしに塔をたておはしましたりけり塔  の礎はかりなく大きなり高野の大塔ばかりなり  ける塔の跡と見ゆ苔は深く埋みたれども石おほ  きにしてあらはに見ゆ筆の山と申す名につきて ふでの山にかき登りても見つるかな苔の下なる岩のけしきを         みえい2  善通寺の大師の御影にはそばにさしあげて大師  の御師かきぐせられたりき大師の御手などもお  はしましき四の門のがく少々われておほかたは  たがはずして侍りき末にこそいかゞなりけむず  らむとおぼつかなくおぼえ侍りしか  1392:1372  備前の國に小島と申す島に渡りけるにあみと申  す物をとる所はおの/\われ/\しめて長き竿  に袋をつけて渡すなりその竿のたてはじめをば  一のさをとぞ名づけたる中に年たかきあま人の  たてそむるなりたつるとて申すなる詞きゝ侍り  しこそ涙こぼれて申すばかりなく覺えて詠みけ  る たてそむるあみとる浦の初竿はつみの中にもすぐれたるかな  1393:1373  ひゝしぶかはと申す方へまかりて四國の方へ渡  らむとしけるに風あしくて程經けりしぶ川の浦  田と申す所に幼なき者どものあまた物を拾ひけ  るを問ひければつみと申す物ひろふなりと申し  けると聞きて おり立ちてうらたに拾ふ蜑の子はつみよりつみを習ふなりけり  1394:1374  まなべと申す島に京よりあき人どものくだりて  やう/\のつみの物どもあきなひて又しばくの  島に渡りてあきなはむずるよし申しけるを聞き  て まなべよりしばくへ通ふ商人はつみをかひにて渡るなりけり  1395:1375  串にさしたる物をあきなひけるをなにぞと問ひ  ければはまぐりを干して侍るなりと申しけるを  聞きて                  はまぐり1 たより1 同じくばかきをぞさして干しもすべき蛤よりは名も便あり  1396:1376  うしまどの迫門に海人のいでいりてさだえと申  す物をとりて舟に入れぐしけるを見て さだえすむせとの岩つぼ求め出でていそしき蜑の氣色なるかな  1397:1377  沖なる岩につきて海人どものあはびとりける所  にて 岩の根にかたおもむきも波うきてあはびをかづくあまの村君  1398:1378  題しらず こだひひく網のうけ繩よりめぐりうきしわざある鹽崎のうら  1399:1379 かすみしく波のはつ花をりかけてさくら鯛つるおきの海人舟  1400:1380 蜑人のいそしくかへるひじきものはこにし蛤がうなしたゞみ  1401:1381 磯菜つまむと思ひはじむるわかふのりみるめきはさひしきこゝろふと  1402:1382  伊勢のたふしと申す島には小石の白のかぎり侍  る濱にて黒はひとつもまじらずむかひてすがし  まと申すは黒かぎり侍るなり すがしまやたふしの小石わけかへて黒白まぜようらのはま風  1403:1383 さぎしまの小石の白をたか浪のたふしのはまにうちよせてける  1404:1384 からすざきの濱の小石と思ふかな白もまじらぬすがじまの黒  1405:1385 あはせばやさぎを烏と碁をうたばたふしすがじまくろ白の濱  1406:1386                め1  伊勢の二見の浦にさるやうなる女の童どもの集  まりてわざとの亊とおぼしくはまぐりをとりあ  つめけるをいふかひなきあま人こそあらめうた                 みやこ1  てきことなりと申しければ貝合に京より人の申  させ給ひたればえりつゝとるなりと申しけるに 今ぞ知る二見の浦のはまぐりを貝あはせとておほふなりけり  1407:1387  石子へわたりけるに井かひと申すはまぐりにあ  こやのむねと侍るなりそれをとりたるからを高  くつみおきたりけるを見て あこやとる井貝のからを積みおきて寶の跡を見するなりけり  1408:1388  沖のかたより風のあしきとてかつをと申す魚つ  りける船どものかへりけるを見て    さき1 いらこ崎にかつを釣り舟竝び浮きてはかちの浪に浮びてぞよる  1409:1389  ふたつおりける鷹のいらこわたりすると申しけ  るがひとつのたかはとゞまりて木のすゑにかゝ  りて侍ると申しけるを聞きて すたかわたるいらこが崎をうたがひて猶きにかかる山歸かな  1410:1390 はし鷹のすゞろかさでもふるさせて据ゑたる人のありがたの世や  1411:1391  宇治川をくだりける舟のかなつきと申すものを  もて鯉のくだるをつきけるを見て 宇治川の早瀬おちまふれふ舟のかづきにちがふこひのむらまけ  1412:1392 こばえつどふ沼の入江の藻の下は人つけおかぬふしにぞありける  1413:1393 たねつくるつぼ井の水のひくすゑにえふなあつまる落合のはた  1414:1394 しらなはに小鮎ひかれて下る瀬にもちまうけたるこめのしき網  1415:1395          にぐ1 見るも憂きは鵜繩に遁るいろくづをのがらかさでもしたむもち網  1416:1396 秋風にすゞきつり舟はしるめりうのひとはしの名殘したひて  1417:1397  新宮より伊勢の方へまかりけるにみきしまにふ  れの沙汰しける浦人の黒き髮はひとすぢもなか  りけるを呼びよせて 年へたるうらのあま人こととはむ浪をかづきて幾世すぎにき  1418:1398 黒髮は過ぐると見えし白波をかづきはてたる身には知るあま  1419:1399  小鳥どもの歌よみける中に 聲せずといろこくなるとおもはまし柳のめはむひはのむら鳥  1420:1400 桃園の花にまがへるてりうそのむらだつをりはちる心地する  1421:1401 ならび居て友をはなれぬこがらめのねぐらにたのむ椎の下枝  1422:1402  月の夜賀茂にまゐりてよみ侍りける 月のすむみをやがはらに霜さえて千鳥とほだつ聲きこゆなり  1423:1403         なゝこえ2  熊野へりけるに七越の嶺の月を見て詠みける 立ちのぼる月のあたりに雲きえて光かさぬるなゝこしのみね  1424:1404  讚岐の國へまかりてみのつと申す津につきて月  のあかくてひゞのても通はぬほどに遠く見えわ  たりたりけるに水鳥のひゞのてにつきてとび渡  りけるを しき渡す月のこほりをうたがひてひゞのてまはるあぢの村鳥  1425:1405 いかでわが心の雲にちりすべき見るかひありて月をながめむ  1426:1406 なが1 詠めをりて月の影にぞよをば見るすむもすまぬもさなりけりとは  1427:1407 雲晴れて身にうれひなき人のみぞさやかに月の影は見るべき  1428:1408 さのみやは袂に影をやどすべきよはしこゝろに月なながめそ  1429:1409 月にはぢてさし出でられぬ心かなながむる袖に影のやどれば  1430:1410 心をば見る人ごとにくるしめてなにかは月のとりどころなる  1431:1411 露けさはうき身の袖のくせなるを月見る咎におほせつるかな  1432:1412 ながめきて月いかばかり忍ばれむこのよし雲の外になりなば  1433:1413 いつかわれこのよの空をへだたらむあはれ/\と月を思ひて  1434:1414 露もありつかへす%\も思も出でてひとりぞ見つる朝顏の花  1435:1415 ひときれは都を捨てゝ出づれどもめぐりて花をきそのかけ橋  1436:1416 捨てたれど隱れてすまぬ人になれば猶世にあるに似たるなりけり  1437:1417 世の中をすてゝ捨てえぬ心地して都はなれぬわが身なりけり  1438:1418 すてし折の心をさらにあらためて見るよの人に別れ果てなむ  1439:1419 思へ心人のあらばや世にも恥ぢむさりとてやはと諌むばかりぞ  1440:1420 呉竹の節しげからぬよなりせばこの君はとてさし出でなまし  1441:1421 あしよしを思ひわくこそ苦しけれ只あらるればあられける身を  1442:1422 深くいるは月ゆゑとしもなき物をうき世忍ばむみ吉野の山  1443:1423  嵯峨野の見し世にもかはりてあらぬやうになり  て人いなむとしたりけるを見て この里やさがのみかりの跡ならむ野山も果はあせかはりけり  1444:1424  大覺寺の金岡がたてたる石を見て 庭の岩に目立つる人もなからましかどある樣に建てしおかねば  1445:1425  瀧のわたりの木立あらぬことになりて松ばかり  なみたちたりけるを見て ながれ見しきしの木立もあせはてゝ松のみこそは昔なるらめ  1446:1426  龍門にまゐるとて 瀬を早みみやたき川をわたり行けば心の底のすむこゝちする  1447:1427 おもひ出でて誰かはとめてわけも來むいる山道の露の深さを  1448:1428 くれ竹の今いくよかはおきふして庵の窓をあけおろすべき  1449:1429 そのすぢにいりなば心なにしかも人め思ひて世につゝむらむ  1450:1430 みどりなる松にかさなる白雪は柳のきぬを山におほつる  1451:1431 さかりならぬ木もなく花の咲きにけり思へば雪をわくる山道  1452:1432                   かけはし1 波と見ゆる雪をわけてぞこぎ渡る木曾の棧そこも見えねば  1453:1433 みなづるは澤の氷のかゞみにて千年のかげをもてやなすらむ  1454:1434         かたみ1 澤もとけずつめど籠にとゞまらでめにもたまらぬゑぐの草莖  1455:1435 君がすむきしの岩より出づる水のたえぬ末をぞ人もくみける  1456:1436 たしろ見ゆる池の堤のかさそへて湛ふる水や春の夜のため  1457:1437 庭にながす清水の末をせきとめて門田養ふ頃にもあるかな  1458:1438 伏見すぎぬ岡のやになほとゞまらじ日野までゆきて駒試みむ  1459:1439 秋のいろは風ぞ野もせにしきりたつ時雨はおとを袂にぞきく  1460:1440 しぐれそむる花園山にあきくれて錦のいろもあらたむるかな  1461:1441               いそわ2  伊勢のいそのへちの錦の島に磯曲の紅葉のちり  けるを見て 浪にしく紅葉の色をあらふゆゑに錦の嶋といふにやあるらむ  1462:1442  みちのくに3  陸奧國に平泉にむかひてたわしのねと申す山の  侍るにこと木は少なきやうに櫻のかぎり見えて  花の咲きたるを見て詠める きゝもせずたわしね山の櫻花よしののほかにかゝるべしとは  1463:1443 おくになほ人見ぬはなの散らぬあれやたづねをいらむ山郭公  1464:1444         ちはら2 つばなぬく北野の茅原あせゆけば心すみれぞ生ひかはりける  1465:1445  れいならぬ人の大亊なりけるが四月に梨の花の  咲きたりけるを見て梨のほしきよしをねがひけ  るにもしやと人に尋ねければ枯れたるかしはに  包みたるなしを唯一つ遣してこればかりなど申  したる返亊に 花の折柏に包むしなのなしはひとつなれどもありの實と見ゆ  1466:1446       おは1  みゆき2  讚岐の位に座しける折御幸の鈴のろうを聞きて  詠みける ふりにける君がみゆきの鈴のろうはいかなるよにもたえず聞えむ  1467:1447  日のいるつゞみの如し 波のうつ音を鼓にまがふればいり日のかげのうちてゆらるゝ  1468:1448  題しらず 山里の人もこずゑのまつがうれに哀にきゐるほとゝぎすかな  1469:1449 竝べける心はわれかほとゝぎす君まちえたるよひのまくらに  1470:1450  筑紫にはらかと申すいをのつりをば十月一日に  おろすなり師走に引きあげて京へはのぼせ侍り  そのつりの繩はるかに遠くひきわたしてとほる  船のこの繩にあたりぬるをばかこちかゝりてか  うけかましく申してむつかしく侍るなりその心  を詠める 腹かつるおほわた崎のうけ繩に心かけつゝすぎむとぞおもふ  1471:1451 伊勢島やいるゝつきてすまふ波にけこと覺ゆるいりとりの蜑  1472:1452 磯菜つみて波かけられて過ぎにける鰐の住みける大磯の根を  Subtitle  百首  1473:1453  花十首 よしの山花のちりにし木のもとにとめし心はわれをまつらむ  1474:1454 吉野山たかねのさくら咲きそめばかゝらむものか花のうす雲  1475:1455 人はみな吉野の山へいりぬめりみやこの花にわれはとまらむ  1476:1456 たづねいる人には見せじ山櫻われとふ花にあはむとおもへば  1477:1457 山ざくら咲きぬと聞きて見にゆかむ人をあらそふ心とゞめて  1478:1458 山ざくら程なく見ゆるにほひかなさかりを人にまたれ/\て  1479:1459                かど1 花の雪の庭につもるとあとつけじ門なき宿といひちらさせて  1480:1460 ながめつるあしたの雨のにはのおもに花の雪しく春のゆふ暮  1481:1461 よしの山ふもとのたきにながす花やみねにつもりし雪の下水  1482:1462 根にかへる花をおくりて吉野山夏のさかひにいりて出でぬる  1483:1463  郭公十首 なかむ聲や散りぬる花のなごりなるやがてまたるゝ郭公かな  1484:1464 春くれてこゑにはなさく郭公たづぬることもまつもかはらぬ  1485:1465 きかでまつ人思ひ知れほとゝぎす聞きても人は猶ぞまつめる  1486:1466 所からきゝがたきかと郭公さとをかへても待たむとぞ思ふ  1487:1467 初聲をきゝてののちはほとゝぎすまつも心のたのもしきかな  1488:1468 五月雨のはれまたづねて郭公くもゐにつたふ聲きこゆなり  1489:1469 郭公なべてきくには似ざりけりふかき山邊のあかつきのこゑ  1490:1470 時鳥ふかき山邊にすむかひはこずゑにつゞくこゑを聞くなり  1491:1471 よるの床をなきうかされむ時鳥もの思ふ袖をとひにきたらば  1492:1472 時鳥つきのかたぶく山の端にいでつるこゑのかへりいるかな  1493:1473  月十首 伊勢島や月の光のさびるうらは明石には似ぬかげぞすみける  1494:1474 池みづにそこきよくすむ月かげはなみに氷をしきわたすかな  1495:1475 月を見てあかしの浦を出づる舟は波のよるとや思はざるらむ  1496:1476      しらゝ2 はなれたる白良のはまのおきの石をくだかであらふ月の白波  1497:1477      ちさと2 思ひとけば千里の影もかずならずいたらぬ隈も月はあらせじ  1498:1478 大かたの秋をば月につゝませて吹きほころばす風のおとかな  1499:1479 なにごとかこの世に經たる思出をとへかし人に月を教へむ  1500:1480 おもひ知るをよには隈なき影ならずわが目にくもる月の光は  1501:1481                       ひさかた2 うき世とも思ひとほさじおしかへし月のすみける久方のそら  1502:1482 月の夜や友とをなりていづくにも人しらざらむすみか教へよ  1503:1483  雪十首 しがらきの杣のおほぢはとゞめてよはつ雪ふりぬむその山人  1504:1484 いそがずば雪にわが身や留められて山邊の里に春をまたまし  1505:1485 あはれ知りてたれかわけ來む山里の雪ふりうづむ庭のゆふ暮  1506:1486 湊川とまに雪ふくともぶねはむやひつゝこそ夜をあかしけれ  1507:1487 いかだし2 筏士のなみのしづむと見えつるは雪をつみつゝ下すなりけり  1508:1488 たまりをる梢のゆきの春ならば山ざといかにもてなされまし  1509:1489 大原はせれうを雪の道にあけてよもには人もかよはざりけり  1510:1490 晴れやらで二むら山に立つ雲は比良の吹雪の名殘なりけり  1511:1491 雪しのぐ庵のつまをさしそへてあととめてこむ人をとゞめむ  1512:1492 くやしくも雪のみ山へわけいらで麓にのみもとしをつみける  1513:1493  戀十首   いも1 古き妹が園に植ゑたる唐なづな誰なづさへとおぼし立つらむ  1514:1494 紅のよそなる色は知られねばふくにこそまづ染めはじめけれ  1515:1495      なげき1 さま%\の歎を身には積みおきていつしめるべき思なるらむ  1516:1496      こまか1 君をいかに細に結へるしげめゆひ立ちも離れず並びつゝみむ  1517:1497 こひすともみさをに人にいはればや身にしたがはぬ心やはある  1518:1498 思ひ出でよ三津の濱松よそたつる志賀のうらなみたゝむ袂を  1519:1499 うとくなるひとは心のかはるともわれとは人に心おかれじ  1520:1500 月をうしと眺めながらも思ふかなその夜ばかりの影とやは見し  1521:1501         【着】 我はたゞかへさでを著むさよ衣きてねしことを思ひ出でつゝ  1522:1502 川風に千鳥なくらむ冬の夜はわがおもひにてありけるものを  1523:1503  述懷十首(一首不足) いざさらば盛思ふもほどもあらじはこやが嶺の春にむつれて  1524:1504 山深く心はかねておくりてき身こそうき身を出でやらねども  1525:1505 月にいかで昔の亊をかたらせて影にそひつゝ立ちもはなれむ  1526:1506 うき世とし思はでも身の過ぎにけり月の影にもなづさはりつゝ  1527:1507 雲につきてうかれのみ行く心をば山にかけてをとめむとぞ思ふ  1528:1508 捨てゝ後はまぎれし方は覺えぬを心のみをばよにあらせける  1529:1509 ちりつかでゆがめる道を直くなしてゆく/\人をよにつかむとや  1530:1510                         おほぬさ2 はとしまんと思ひも見えぬよにしあれば末にさこそは大幣の空  1531:1512 ふりにける心こそなほ哀なれおよばぬ身にも世をおもはする  1532:1513  無常十首 はかなしな千年おもひし昔をも夢のうちにて過ぎにける世は  1533:1514 ささがに2 蜘蛛の絲につらぬく露の玉をかけて飾れる世にこそありけれ  1534:1515 うつゝ1 現をもうつゝとさらに思はねば夢をもゆめとなにかおもはむ  1535:1516 さらぬことも跡方なきを分きてなど露をあだにもいひもおきけむ  1536:1517 ともしび2 燈火のかゝげぢからもなくなりてとまる光をまつわが身かな  1537:1518 水ひたる池にうるほふしたゝりを命にたのむいろくづやたれ  1538:1519 みぎは近くひきよせらるゝ大網にいくせのものの命こもれり  1539:1520 うら/\と死なむずるなと思ひ解けば心のやがてさぞと答ふる  1540:1521 いひ捨てゝ後のゆくへを思ひはてばさてさはいかに浦島の箱  1541:1522                       おろか1 世の中になくなる人をきくたびにおもひはしるを愚なる身に  1542:1523  神祇十首  神樂二首 めづらしなあさくら山の雲井よりしたひ出でたるあか星の影  1543:1524                          とねり2 名殘いかにかへす%\もをしからむそのこまにたつ神樂舎人は  1544:1525  賀茂二首 みたらし3 御手洗にわかなすゝぎて宮人のまてにさゝげてみとひらくなり  1545:1526 長月の力あはせにかちにけりわがかたをかをつよくたのみて  1546:1527   【二】  男山一首                  かたき1 けふの駒はみつのさそふをおひてこそ敵をらちにかけて通らめ  1547:1528  放生會 みこしをさの聲さきだてゝ下りますおとかしこまる神の宮人  1548:1529  熊野二首 み熊野の空しき亊はあらじかしむしたれいたの運ぶあゆみは  1549:1530 あらたなる熊野詣のしるしをばこほりのこりにうべきなりけり  1550:1531  御裳裾二首 初春をくまなくてらす影を見て月にまづ知るみもすそのきし  1551:1532 みもすその岸のいは根によをこめてかためたてたる宮柱かな  1552:1533  釋教十首  きりきわうの夢の中に三首 まどひてし心をたれも忘れつゝひかへらるなる亊のうきかな  1553:1534                           きぬ1 ひき/\にわがめでつるとおもひける人の心やせばまくの衣  1554:1535 すゑの世の人の心をみがくべき玉をもちりにまぜてけるかな  1555:1536  無量義經三首 さとり1  のり1 悟ひろきこの法をまづときおきて二つなしとはいひきはめけり  1556:1537 山櫻つぼみはじむる花の枝にはるをばこめてかすむなりけり  1557:1538 身につきて燃ゆる思の消えましや涼しき風のあふがざりせば  1558:1539  千手經三首 花まではみに似ざるべし朽ち果てゝ枝もなき木の根をな枯しそ  1559:1540 誓ありて願はむ國へゆくべくばにしの言葉にふさねたるかな  1560:1541 さま%\にたな心なる誓をばなもの言葉にふさねたるかな  1561:1542  又一首この心を  楊梅の春を匂はへんきちの功徳なり紫蘭の秋の  色は普賢菩薩の眞相なり 野べのいろも春の匂も押しなべて心そめたるさとりにぞなる  1562:1543  雜十首 澤のおもにふせたるたづの一聲におどろかされて千鳥鳴くなり  1563:1544 ともになりて同じ湊を出づる舟の行方も知らずこぎ別れぬる  1564:1545 瀧おつる吉野のおくのみやがはの昔を見けむあとしたはばや  1565:1546 わが園の岡べにたてるひとつ松を友とみつゝ老いにけるかな  1566:1547 さま%\のあはれありつる山里を人につたへて秋の暮れける  1567:1548 やまがつ2 山賤のすみぬと見ゆるわたりかな冬にあせゆくしづはらの里  1568:1549 やまざとの心の夢にまどひをれば吹きしらまかす風の音かな  1569:1550 月をこそながめば心うかれ出でめ闇なる空にたゞよふやなぞ  1570:1551 波たかき芦屋の沖を歸る船のことなくて世を過ぎむとぞ思ふ  1571:1552 蜘蛛のいと世をかくて過ぎにける人の人なる手にもかゝらで  Subtitle  山家和歌集終  End  親本::   書名:「流布本」元祿三年(1690)板行「六家集本」  底本::   著名:  山家和歌集・拾遺愚草・金槐和歌集   著者:  西行・藤原定家・源實朝   編輯:  塚本 哲三   発行者: 三浦 理   発行所: 有朋堂書店   発行:  大正15年11月23日  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThinkPad s30 2639-42J   入力日: 2002年09月01日-2002年12月08日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2002年12月25日(0001〜0259)   校正者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   校正日: 2003年01月01日(0259〜1571)