Title  長篇映畫小説 當選者發表  Date  昭和五年五月二十日(火曜日)  Description  昨年の春から秋にかけて本紙創刊五十周年を記念するため本社が募集した六種の懸賞文藝のうち、四種の創作品は既に審査發表されたが、爾餘の作品「長篇映畫小説と「こども映畫小説」もこのほど嚴重審査を完了、こゝにその結果を發表する運びとなつた  Subtitle  緑の札 (グリーン・カード)  「五十年後の社會」  【賞金五千圓】  【作者】大阪市西區靱北通三丁目      石原 榮三郎 (匿名 天々生)  Description  長篇映畫小説は、應募總數八十篇の中から、數回にわたる詮議の結果優秀作品四品を拔き、更にこれを精査して右の一篇を採擇推薦することに決定したもので、今から「五十年後の社會」を豫想して、社會の進展と文化の變革された實情を背景に、大衆的な目新しい物語を展開し、しかも直ちに映像化して十分なる劇的効果をスクリーンの上にもあらはしうるといふ極めて困難な條件を必要とする創作品であつたが、豫選に入つた「光に面す」(北條龍作)「久遠行進曲」(忘我狂作)「働く者の家」(ミウラ・コウサク作)等は當選の作品に近い價値をもつ優秀な物語で、構想も新しく手法も相當にあざやかであつた  Subtitle  こども映畫・・・當選作なし  Description  たゞ遺憾なのは短篇の「こども映畫小説」に當選に値する傑出した作品のなかつたことである。應募原稿百三十八篇の中には、無論整つた作もあり、優れた題材の取扱はれてゐたのもあり、また描冩のあざやかなものもあつたが、讀物としても優れてをり、映畫化しても生々溌刺とした影像を躍らすべき十分な魅力のある作と認めてよいものはなかつた。よつて遺憾ながら、この種別には當選作なしと決定した「〓(木+解)の芽生え」(△△子作)をはじめとして「戻つた九官鳥」(植田總市作)「少年の旅」(村岡敏作)等は何れも當選圈にまで肉薄してゐた佳作であるが、その中の最優秀作たる左の一篇に對して本社は持に作者に對する慰勞の意味で特賞を呈することにした  Subtitle  選外佳作特賞百圓贈呈  「〓(木+解)の芽生え」  【作者】東京市外千駄ヶ谷町四九一      中村敏夫 ------------------------------------------------------  Subtitle  「緑の札」の作者  Description 懸賞の長篇映畫小説に當選した「緑の札」の作者石原榮三郎氏は郷里は大阪府下泉南郡佐野在の日根野村で今年二十八歳、少年時代から東京に出て大成學舘中學部卒業後明治學院で英文科を修業中、映畫に興味をもち、トマス栗原監督の助手となり、當時松竹キネマの蒲田撮影所にゐた梅村容子一派の撮影監督をしたのをきつかけに學院は大正十三年ごろに退學し、專ら映畫監督として活躍し、最近は帝キネの市川百々之助一派の監督をやつてゐたが、今より一年前映畫界を退き、專念創作に從亊してゐる。岡榮三はそのペンネームである。(冩眞は石原氏)  Subtitle  石原氏の談  Description  文壇に出ようとして十幾年、文壇に出られぬために文壇の邪道といはれる映畫界で、僅にヱデクタとして自分を慰めてゐたことが、今になつていさゝかの涙に似た微笑を誘ひます。友達が文壇に出て私が一人取り殘されてゐる氣持ち! 私は何度これまで自殺を決意したことでせう、しかし、その都度一人の兄と私の未來を信じ愛してくれた母によつて、その自殺は思ひ止まらされました。 私はこの映畫小説で、オニールのやうな新鮮な悲劇が、五十年後にどんな形態をとつて人間生活の底に流れるであらうか--?それを書いてみたかつたのです人間の魂が、科學の力によつてどんなにへし曲げられ、どんなに涸らされても、必ずやその奧底に涙がある! 底の、底の、どん底からえぐり出す人間生活! そこには必ず皆さまの魂をうつものがあるであらう----私はそれを信じます。  End  底本::   紙名:  大阪朝日新聞   発行:  昭和五年五月二十日(火曜日)  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年07月30日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年08月21日  $Id: tosen.txt,v 1.7 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $