Title  グリーン・カード 74  緑の札 74  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年十一月二日(日曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle    【十】  鬪爭 一〇  Description 「…………?!」  セキは始めて、空虚から跳ね上 つたのだ。 「大變です! 狂亂した彼奴等三 百人の爲に、支配人は自殺し、旅 容機と格納庫は燒き拂はれてしま ひました!!」              ヽヽ  いひ終へて、彼はその塲にぶつ 倒れた。 「あ!!」  さすがのセキも悲鳴を擧げた。 一度に彼女の世界は暗黒の奈落へ と蹴落されてしまつたのだ。 「あ、あたしの亊業は破滅した! あ、あたしの……」  彼女は立ち上つて二三歩動いた 時である。 「社長! 責任を果します!」  いひざま、彼は手にした電銃の 引金とゝもに、生命の決算を濟ま せたのだ。  電銃は彼の心臟を滅茶々々に潰 して生命の最後の燃燒が灰と化し た。 「あ!」  彼女は走馬燈のやうな悲慘亊の 展開に、唖然として身を伏せた。  〃見よ! 眼に見えぬ巨大なも のゝ力は動いたのだ! 邪惡は遂 に裁かれたのだ!!〃  歩む力も失せた彼女は、ぢり! ぢり! と彼の前に這ひ寄つた。  彼女は懸命の力で、彼の手に握          ヽヽ られたまゝの電銃をもぎ取ると、 慄へる手で銃口を心臟へと運ん だ。  自殺!。  けれども、その刹那に、彼女の 頭を走つたものは、今迄に一度も 見たことのない自殺した夫の顏、 自殺した子供の顏、さうしてアキ ラの復讎に燃えてゐる眼であつ た。 「貴郎! 貴郎!」        ヽヽ  彼女は電銃をかなぐり捨てゝ、 その幻影を追つた。 「タズ! タズ!」 「おゝ、アキラ!」 「あたしを----、お母さまを赦し て下さい……。」  彼女の眼に涙が光つた。とめど なくその涙が頬を傳つた。  〃涙! 涙! 人間の涙!!〃  それは何といふ奇蹟であらう か。  キカイであつた彼女の眼から、 おそらくは永遠に涙の失はれた彼 女の眼から----さんさんと湧き上 る涙!。涙は眞珠のやうに美しか つた。  〃それは愛の涙! 情と美の 女人の涙! おゝ、それは母の涙 だ!!〃             ヽヽ  彼女は初めて自分の姿をはつき りと眺めた。 「みんな、みんなあたしの罪でご ざいました! 赦して下さいまし 貴郎!」  夫の幻、タズの幻、アキラ の眼----。それらが現出するたび にセキは這ひ上つて嘆き哀しん だ。  抱きしめても、抱きしめても、 彼女の抱きしめた幻は消えた。 「タズ! タズ! お母さまで す。お母さまです!お母さまを 赦してお呉れ……。」  夫の幻、アキラの幻影、---- その幻影が命令した。  〃行け……詫びよ、子の前に! 汝は人の世の母であれよ!〃 「さうだ! あたしは行かう、心 から悔い詑びるの道へ……、あた しはあの子、アキラの母であつ た………」  決然とセキの眼が輝いた。それ は裁かれた者の、罪に服從する新 しい從順な眼であつた。その眼は 念然と重い/\空虚な汚れた血潮 の渦卷きから、奇蹟のやうに明け て行く人生の夜明けを見た。涙を 浮べて微笑する大空よ、大地よ。   ドーン・ライフ6  〃夜明けの人生!!〃  はつきりとその人生が、セキの 眼を綴つて展開した。  End  Data  トツプ見出し:   聖上陛下行幸   神前に御親拜   明治神宮鎭座十年祭   けふ第一日の御儀  廣告:   ぜんそくキカンシせきに 力ワカヂン 藥價二百八十錠貮圓五拾錢   血管老哀病 海貴來 定價百九十二錠入二圓  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年十一月二日(日曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年09月09日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年09月18日    $Id: gc74.txt,v 1.3 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $