Title  グリーン・カード 36  緑の札 36  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年九月十日(水曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  悲しき饗宴 十  Description 「今夜のこの光輝ある祝宴も既に 閉會に近づきました、僕は最初の 約束通りその五分前に僕の宣言を 果します。  〃僕のキカイの權利全部は、ミ ムラ頭取に委ねます!〃  この宣言は、併せて今夜の皆さ まに對するハナド・アキラの感謝 の辭でもあります!」  言ひ切ると同時に、彼は追はる るものゝやうな態度で、タズを抱 きしめたまゝホールを驅け去つ た。       ヽヽヽヽ  人々はたゞぼんやりと狂的に近 いアキラの行動を見送るほか、そ れがどうした意味であるかさへも 判斷がつかないのだ。  セキは無闇にグラス・カツブの 液體を浴びはじめた。彼女の眼は 獸的に光つたのだ。  ざわめきの渦紋の中で、同じや うに騒いでゐたミムラ頭取は、意 外なアキラの宣言に、暫らくは自 分の耳を疑つてゐた。 けれ共、次の瞬時には、その疑 ひを決算した。 「ミムラ頭取を祝福せよ!」 「ミムラ頭取の榮光を祝せ!」  人々は雙手を揚げてミムラ頭取 を祝福した。まだそれで足りない 人々は巨大なミムラ頭取を胴上げ にするとて、大ホールを驅けずり 廻つた。  五色の光彩は、同じ室内に起つ た悲しみと歡びを、寸分の狂ひも なく染め續けてゐた……。  この間、アキラの傍のテーブ ルにかけてゐたヒカルはどうして ゐたか?  彼女はすぐ自分の隣に腰をかけ たタキ博士と一心に話を交してゐ た。  ウヅキ・シノブのダンスの素晴 らしさに見惚れてゐた。人々と一 しょに吾を忘れて拍手を送つた。  呑みなれないと見えて、少し醉 つたやうな樣子だつた。心持ち態 度がくづれてタキ博士によりかゝ るやうな姿勢を、直さう/\とし ながら、直せないでゐた。  ----が、アキラとセキとの談話 がだん/\緊張して行くのを、彼 女は見逃さなかつた。  ハラ/\しながら、それでも話 のなかへ入りかねている樣子だつ た。  アキラがピストルを握つた瞬間【、】 しかしそのとき、ヒカルはタキ博 士に引張られてステーヂの方へ行 つてしまつてゐた。        ヽヽ  人々の騒ぎをあとに、アキラが ホテルから立去らうとしたとき、 彼女はタキ博士の腕を逃れてアキ ラを追つた。  しかし、そのとき、アキラの姿 は、ホテルの玄關を出た自動車の 窓ガラスを通して、彼女に後を向 けてゐた。 「ハナド……」  高く呼んだけれど自動車は止ら なかつた。 「ミムラ頭取を祝福せよ」 「ミムラ頭取萬歳!」  ミムラ頭取を祝福する歡聲は、 まだホールのまんなかにどよめい てゐた。  殘されたヒカルは再びそこへ歸 つて來た、そしてミムラの傍へ寄 つた。 「ミムラ、おめでたう」 「よう、これは、美しいハナドの アシスタント。----さあ、一しよ に呑みませう」 「ありがたう、でも妾、弱いんで すもの」 「なあに、大丈夫、僕が送つてあ げますよ」 「まあ!本當なの。妾ハナドにお いてけぼりを食つたんですわ」  さうして、人々はこの美しい女 性とミムラを中央にして、今度は ミムラ・タカシ祝賀會と、早變り をした祝宴のグラスを高らかにあ げて、歡樂の泉を飮み干した。 「ミムラ頭取、本當に妾を送つて ね」 「大丈夫、大丈夫」  二人とも醉つてゐた。  End  Data  トツプ見出し:   閻主席正式就任し   支那北方政府成る   宣誓式の後直ちに全國に通電   國旗で祝ふ北平市民  廣告:   毛髮若返り香油 ビタオール  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年九月十日(水曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年08月08日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年08月21日    $Id: gc36.txt,v 1.7 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $