Title  グリーン・カード 35  緑の札 35  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年九月九日(火曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  悲しき饗宴 九  Description 「なにごとも、妾の意に從へさせ るといふことじやありませんか!」 「たとへば?」 「たとへば----今後のキ力イの權 利にしたつて、當然その權利は、 お前のもの、同時にこの母のもの です!」 「キカイの權利をあなたのものと する? 無論それに反對する僕で はありません、けれども、キカイ の權利をあなたのものにする前 に、僕はあなたに實行してほしい 約束があります----。」 「どんな約束ごとかしら?」 「なんでもありません、この小箱 の前で悔いの涙を捧げて下さい、 血にまみれてゐるお父さまの靈に ひれ伏して、過去のあなたをお詑 びして下さい!!」  とつさに卓子の下から取り出し た小箱を、アキラはぐツとセキの 前に突き出したのだ。三十年の生 命を洗つてアキラの全能が火柱を たてた。 「今までのあなたは黄金のミイラ です! キカイの化け者です! どうか女性の本然に復つてお父さ まに詫びて下さい!」  アキラの聲に涙が滲んだ。 「アキラ!」        おだ1  劇しい怒氣に煽てられて、セキ              【。】 は亊業家としての冷靜を失つた、  ----時。  人々のアンコールが二人の感情 を叩き着けたのだ。しかし、セキ はそのアンコールに叩き着けられ なかつた。一度、火を吐きはじめ たセキの感情は、相手を碎き凹ま さねば承知しない怖ろしいライオ ンの獸性に戻つた。  ぶる/\と慄えてゐたセキの手 が、そのふ箱に觸れたかと思ふと 忽ち小箱は、アキラに向つて跳ね 飛んだのだ。 「狂人!そんなことで、たつた 一つのキカイの權利で、この妾を 凹まさうとする大馬鹿者! 誰れ がそんなものに詫びるものか! 詫びる義務があるものか! 女に は女としての自由と權利が許され てゐる!」  バネのやうにアキラは立ち上つ た。その眼は最後の決意に光つた のだ。  しかし、この怖ろしい母と子の 鬪爭も、醉どれにどよめく人々の 眼と耳に何の注意も誘はなかつ た。  人々はスタヂオヘ、ス夕ヂオヘ  ヽヽヽヽ とひしめき寄つて、ウズキ・シノ ブに握手を求めてゐた。  立ち上つたアキうの手に瞬間握 られたのは怖ろしい殺人光線を放 射する電銃である。銃口は無論、 セキの胸部に向つたのではなく て、自らの生命を絶つために、自 らの心臟に當てられた。 「父よ! アキラの全能をもつて しても、母を征服することの不可 能を知りました!」 「あ!兄さん」  この時、しつかりとアキラの胸 に縋りついたのはタズである。タ ズは力の限りを盡して、アキラの 手に握られた電銃をもぎとつたの だ。  さうしてタズの眼は一抹の怨涙 と共にセキを凝視めた。 「お母さま! 不幸な、不幸な兄 さんを殺さないで下さい、兄さん はお母さまを尊敬してゐます! 尊敬してゐます!」 「お默り! タズ。僕は、僕はキカ イや黄金のミイラを尊敬しない。 子のために一つの子守唄も知らな い母を、僕はどうしても尊敬する ことは出來ないのだ!」  その言葉の終らない間に、卓子 の上に置かれてゐたホワイト・ミ ンドのグラス・カツプが、セキの 手によつて投げられた。 「あ!!」  悲嗚を上げたのは、アキラではな くてタズである。タズの兩眼から は、忽ち火のやうな血が、その抑 へてゐる指を傳はつて、ぽと! ぽと! と流れ始めた。 「皆さま!!」  アキラは血に叫ぶ妹を抱き占め て、人々の醉どれの耳に呼びかけ たのである。  人々は血を吐くやうなアキラの 言葉に、はじめてスタヂオからの 神經を解いた。  End  Data  トツプ見出し:   海軍大演習   行幸御日程   十月十八日横須賀御發航   觀艦式は二十六日  廣告:   赤まむしの活精絞り汁 天龍仙 携帶用(凡七日分)壹圓  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年九月九日(火曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年08月07日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年08月21日  $Id: gc35.txt,v 1.6 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $