Title  グリーン・カード 25  緑の札 25  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年八月二十八日(木曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  母と妹 六  Description  なんのことだといつた調子の彼 女をアキラはぐーと睨みつけた。 「お前、これがなんだと思ふ? ----」 「紙片。」 「たゞの----?」 「…………」 「タズ、これはカレンダーだ、九 月五日----十年前の舊いたゞのカ レンダーに違ひない。けれ共、此 の備忘欄にどんなことが記されて あるか、お前、兄さんの前で讀ん で御覽----」 「…………」  アキラは眼を瞠つて腕を組んだ 妹の身にどんな變化が、どんな暴 風的な怖動が湧き起るかを、眼を 瞠つて待ち構へてゐる彼である、 タズは讀んだ。----やがて、 「兄さん!」  思つたよりも酷い----針のよう な言葉が彼女の唇から飛び出し たのだ。彼女は讀み終へた遺書を 握つて、闇よりも、もつと暗い顏 でアキラを凝視めてゐる。その眼     ヽヽヽ には涙のかわりに血が走つてゐ た。 「タズ、お前はそれを讀んで、な にがいひたい、どんなことを此の 兄さんにいつてみたい?」 「兄さん!」  血の走つてゐた彼女の眼が、急 に涙で一杯に盛られた。少女らし い激情が、いつもの理性を食つて しまつたに違ひない。彼女はなに 一言もいひ得ぬ唖のように、唇 を噛んで哭き初めた。  アキラは彼女の手に握られてゐ る遺書を、默つて眼で受取ると、 それを入念に小籠の中に收めてか      ヽヽ ら、靜かにかういつた。 「お前と兄さんは、哀しい星の下 から生れてきた、殺された父、殺 した母、その消し難い怨恨に結ば れてお前と兄さんは生きてゐるの だ…………」 「あの時には、お前は母の家に育 てられてゐた、母はその父の死を お前にどう語つたか----おそらく お前はあの悲劇を知らなかつたで あらう、兄さんは、お前とは反對 に、幼いころから父の手に育てら れ、父の生活に浸んでゐる、同じ 家族でありながら、お前も兄さん も父や母と同じやうに別々な生活 を營み、異つた人生に生きてき た、これは善いことか、惡いこと かは兄さんには解らない、しかし 十年前の自殺した父の葬ひの日の どんなに寂しいことであつたかを 考へると、兄さんはあの母に憎惡 を感じるのだ!破産した製作所、 離散した製作所の人々、殊に職工 達が父の屍に石を投げて失職の報 復を計つたなど----忘れようとて 忘れられない。それにも増して忘 れられないのは、母が葬ひの日に 顏を見せなかつた亊【合字】であつた。兄 さんは父の遺書を握つて、父を虐 げた凡ゆる人達への復讎を、その 寂しい葬ひの日の屍に誓つたの だ。さうして兄さんの復讎の半ば は十年の歳月で果してゐる。兄さ んが次々に創り出してゆくキカイ【、】 そのキカイがどれ程多くの人々か ら職を奪つたか!  〃街に群れてゐる多くの勞働失 落者! 乞食! それは皆兄さん に復讎された人々だ! 兄さんの キカイは人間の勞働を要求しな い! 彼等が工揚での暴君であつ たのだ! 屍に石を投げた奴等に 兄さんは、失職といふ石を投げ返 したのだ!〃  勞働爭議は兄さんのような人達 ----科學の力に依つて永久に根絶 するであらう、しかし人間の生活 鬪爭は、階級と支配の爭奪は決し て滅びるものではない……。」  End  Data  トツプ見出し:   現内閣が初めて----   鐵道新線に着工   財界不況と失業救濟のため    まづ十線十工區を  廣告:   コクチゲン   水むしに ポンホリン  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年八月二十八日(木曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年07月31日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年08月14日  $Id: gc25.txt,v 1.5 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $