Title  グリーン・カード 19  緑の札 19  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年八月十二日(火曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  二つの申出 四  Description 「妾、やつぱりそんな女に見え て?このごろの女性と同じやう に----」  ヒカルのこの言葉は、アキラに は意外だつた。極端に女性の權力 が巾を利かして、むしろ男女同權 以上に濶歩しようとしてゐる女性 の姿、アキラは自分の知つてゐる 一番手近な女性----母親----にそ れをハツキリと認めてゐた。そし て少い女性の知り合ひを通じて、 凡そ母親と同じ印象と知識を持つ てゐるアキラには、今日始めて知 つたヒカルもまた、同じやうな女 性にしか受取れなかつたことは當 然だつた。それはアキラが女性を 嫌惡する一つの原因だつた。     ヽヽヽ 「妾は、みんなと少しばかりちが つてゐるのよ、妾ずゐぶん舊式な 女なんですわ、だからあなたから 最大の遺憾を表明していたゞかう なんて、そんなこと少しも考へま せんわ」  再びヒカルは云つた。アキラは 眼を見はつてまじ/\とヒカルを 見た。  新らしい粧ひ、眼元、口元、ハ ツキリしたものゝいひやう、開け つ放しの態度----それらは悉く 近代女性のすべてが持つてゐるも のと少しもちがはなかつた。 「だが、僕にはあなたもやはり同 じやうな女性に見えます。僕はす べての女性を尊敬してゐません。 あなたに對しても同じことです。 お氣にさわつたら御免下さい、し かし僕のあなたに申し上げること はその外にありません。それに先 もいつた通り、もう研究は完成し たんですから----」 「ぢやあ、新しい御研究のお手傳 ひをさせて下さい」  ヒカルは、アキラの重苦しい女 性を悔辱した言葉にはまるで無頓 着にいつた。 「新しい研究?」 「ヱー、さうですわ、科學者は一 つの仕亊の完成だけで滿足してゐ るものではありません。だからハ ナドも同じやうに、キツと又別の 新しい研究を始めるでせう?」  アキラは默つてしまつた。彼は いま疲れてゐる。高壓無電輪送機 の完成にホツとして疲れてゐる、 しかし、彼は靜かに自分の胸をの ぞいて見た。----ある、確かにあ る、彼には更に新しい何かの研究 を始めようとする慾望が、胸の底  ヽヽヽヽ にうつぼつとしてわだかまつてゐ ることを感じないではゐられなか つた。  ヒカルはそれをいひ當てゝゐる 「或はさうかも知れません、だが ----」 「でせう、さうでせう、だから、 妾にその新しい研究のお手傳ひを させて下さい。ハナド、妾はあな たと相弟子です。そしてあなたを 尊敬し愛慕して、ハナドの仕亊の アツシスタントになれることを、 妾一生の誇りとしてゐるのです。 それを夢見ながらやつて來たので す。高鳴る胸を抱いて、それに、そ れに----」  絶えて久しく見られなかつた女 性の涙といふものを、アキラはヒ カルの眼頭に見た。  かくさうともせず、ヒ力ルは五 十年も前の女がしたやうに、ハン カチを眼にあてゝしやくり泣きを 始めた。  アキラはヂツとその樣子を眺め た。アキラの眼の下に女の黒髮が あつた。黒髮の下に、太い、しか しなめらかな前筋がピク/\と動 いてゐた。圓味を帶びた肩、二の 腕、黒髮は飽くまでも黒く、肌は あくまでも白かつた。  アキラは眼を閉ぢた。しばらく ----ヒカルはまだ顏を上げない。 「ヒカル、僕が負けです。先生と 親友の紹介状を反古にするのもど うかと思ひます。とにかく祕書と してしばらくでも僕のところにゐ て下さい」 「ハナド、ハナド」  ヒカルは狂人のやうに叫んでア キラの首にその手をまきつけた。 アキラがあわてゝ顏を引かなかつ たら、狂喜したヒカルの唇はアキ ラの顏ぢうに接吻の雨を降らした であらう。彼女はグイ/\とアキ ラの胸に自分の胸を押しつけた。 涙にぬれたまゝの大つぶな瞳を、 アキラの眼に近づけながら----【。】  End  Data  トツプ見出し:  廣告:  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年八月十二日(火曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年7月27日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年07月31日  $Id: gc19.txt,v 1.7 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $