Title  グリーン・カード 02  緑の札 02  ----五十年後の社會----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年七月二十二日(火曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  プロローグ 二  Description 「上海は晝よりも夜の方が美し いですね」  タキ博士は、話の緒口を見つけ て話しかけた。 「あんなにネオン・ライトを好む 市民は、全世界どこへ行つてもな いでせう、赤や青や、全く原色の       ヽヽヽ かゞやきは、とても素晴らしい魅 力を持つてゐるらしいですね」 「さやうでございますか、妾上海 は始めてゞすが、全く美しい景色 ですわね」  彼女は答へた。 「あなた、上海は始めてゞすか?」  タキ博士は、自分の發見を裏切 られて、意外に感じた。 「實はさつきから思出してゐたん ですが、確かに僕はあなたと、上 海でお逢ひしたやうに思ふんです が」 「まあさうですかしら、失禮でご ざいますがどちらで?」 「日華聯議會附屬病院で、確か去 年ごろだと思ひますが----」 「まあ、それぢやお人違ひでござ いますわ先生、妾本當に上海へは まだ來たことがないんですもの」  彼女はさういつて、朗らかな笑 顏を見せた。 「さうですかなあ、しかし僕は確 かに貴女だと思つたが----」  タキ博士は一寸失望した。去年 の冬ごろだつた。丁度博士が診察 に來てゐたとき突然胸部をピスト ルで撃たれたといふ患者が、病院 にかつぎ込まれた。  外科の方を受け持つていたタキ は、必然その患者の應急手當を行 つた。  患者は妙齡の美人だつた。ピス トルの彈は急所を外れ、距離も遠 かつたと見え、深くは侵入してゐ ないで、直ぐとれたが、妙齡の美 人がピストルで撃たれたといふ亊 件は、病院でもかなりの話題を與 へた。 「先生、大丈夫でせうか」  さういつた聲、その時の瞳、そ の二つに博士の記憶は刻まれたの だつた。 「大丈夫、二週間もすれば退院で きますよ」  タキ博士はさういつて病室を出 た。ところが、その夜のうちに、 その患者は行方不明になつてしま つたのである。  狙撃された原因は?  何故行方不明になつたか?  しかしそんなことは、博士らの 知つたことではなかつた。そのま ま忘れてしまつてゐたが、フトこ の飛行機で逢つた女性、それがあ のときの患者だと、博士は思ひ出 したのだつた。  だが、この女性は上海へは行つ たことがないといふ。  すると博士の記憶に間違ひがあ るのか、又はこの女性に似た他の 一人の女性があるのか、それとも この女性が嘘をいつているのか、 タキ博士は一寸話の腰を折られた 形だつた。 「さうですかね。するとよく似た 方だつたんですね。僕はあなたに ちがひないと思ひましたよ」 「まあさうですか、妾に似たお方 が、先生とおちかづきなんでござ いますのね、では妾もその方御同 樣、先生のお近づきにしていたゞ けないでせうかしら」  彼女は、小形のハンドバツグか ら名刺を取り出して、タキに渡し た。 「イヤどうも、無論よろこんで ----」  博士も名刺を渡した。  ミナミ・ヒカル----名刺にはそ れだけ書いてあつた。 「ヒカルだなんて、男のやうな名 前でせう、でも妾、本當はやさし いんですよ」  ヒカルはさういつてニツと笑つ た。初めの態度とはまるで變つた 媚びのある姿態だつた。  End  Data  トツプ見出し:  廣告:  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年七月二十二日(火曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年7月17日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年7月26日  $Id: gc02.txt,v 1.6 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $